ピクニック

「今日はこの辺りにしようか」
 僕は後をついてくる彼女に声をかける。彼女はただ黙って、小さくうなずく。あまり色気は無いんだけれど、ピクニックシートを敷いて、二人でその上に腰を掛ける。空は青空、最高だ。


 僕はお気に入りのツイードのジャケットにハンチング帽、それにアーガイル柄のソックスと靴はブラウンのウイングチップ。彼女は、チェックのボタンダウンのシャツの上から暖かそうなセーターとふわっと波打つスカートにワインレッドのタイツとシンプルなスニーカー。まあ、二人ともちぐはぐかも知れないけどね。


 そして、僕はお気に入りのものをもう一つ取り出す。オプティマスのガソリンストーブ、123R。ホワイトガソリンを燃料に使う、主にキャンプなんかで使うコンロみたいなもの。これに火をつけるのが儀式っぽくて、火をつけたら、ゴォーっという音がいい感じで、楽しくてたまらない。2人分、お湯を沸かすことにした。

 

 もう一つ準備をしたのが、通信機。20cm四方くらいの大きさ。ラジオみたいに見えるけどちょっと改造をして、秘密の回路を追加してある。何の回路かは内緒だ。こっちは、彼女の受け持ち。周波数を合わせて、ノートを取るために画板を持って座っている。
 
 パーコレイターではお湯がいい具合に沸騰し、僕は2人分のお茶を淹れて、一つを彼女に差し出した。彼女は持っているペンで画板をコツコツと2回叩く。話したいことがある時のサイン。彼女はペンでノートに走り書きをした。

 

”通信が途切れた。最初のメッセージ以降、なにも来ない”

 

通信機に組み込んだ乱数解読回路で復調したメッセージはこう言っていた。
”政情が変わった、自らの進退を決めよ”

 

 クーデターか、革命か。どっちでもいい、とにかく僕らにとってまずい状況に変わったのは間違いない。僕らの所にも何か来るのか。お茶を持つ彼女の手は震えている。

 今、余計なことを考えても仕方ない。まずはお茶だ、お茶を飲もう。そしてピクニックの続きをしよう。進退を決めるのはそのあとでもいいじゃないか。

 


nina_three_word.

< 青空 >
< 沸騰 >
< 回路 >
< 波 >

実験

「この惑星にやってきてから、我々が第二世代となる」
「この星の自転周期は、約184年、非常にゆっくりとしている」
「ここで重要なことを確認しなければならない」
「我々の少年時代からゆっくりと暮れていった陽が、2時間ほど前に完全に沈み、これから夜を迎えることとなった」
「これが何を物語っているか。およそ80年以上の夜が続くということだ」
「この基地内にいる限りは太陽光に変わる灯があるので健康上の問題はない」
「しかしながら、我々の世代では、夜明けなんて一生、見ることはできない」
「我々がするべきことは、第3世代へとこの実験を繋ぐことである」
「それこそが、見ることのないであろう夜明けに代わる希望であると信じる」


惑星p-19768
コロニーにおける生態系の維持に関する実験
トラブルにより、第2世代を以って実験は中止
被検体は全て死亡
なお、中止に至るトラブルはコロニーの構造によるものではなく、
被検体間の感情的な問題に起因するものと思われる。

 


nina_three_word.

<夜明けなんて一生>

30年目のデート

 今度の日曜にちょっとドライブに行かないか、と切り出したのは隆の方からだった。そうなった場合にただ一人、家に残る予定の高校生の次男は、あまり関心も持たずにただ、行ってくれば、とだけ返した。まあ、この年頃なら両親が留守のほうが羽を伸ばせていいだろう。あわよくば彼女くらい家に呼べるかもしれない。

 日曜日の朝、千鶴を助手席に乗せて車を走らせる。ここ最近の二人のまま、道中あまり言葉は交わさない。冷めてる? そうかもしれないな、と隆は思った。だから、このドライブに来たんだ。
 県を一つまたいだ、あまり大きくない町の中学校に車を停めた。正門の左側に三本の桜が、昔と変わらず生えている。ただ、今日はまだ桜の花には早すぎる。

「校内には入れないから、正門の前でいいかな」
 隆は桜の木を見つめながら独り言。
「ドライブっていうからどこか観光でもするのかと思ってた。ここ、私たちの出身校じゃない。なんでここなの?」
 千鶴は少し不満そうに隆の方を見つめずに少し目を逸らしている。

「30年だね」
「え?」
「この桜の木の下で、僕が君にプロポーズしてから」

 覚えてたの、と千鶴は目を丸くして隆を見た。少し意外な言葉が彼の口から出たのを、まだ受け止めきれない。隆は言葉を続けた。
「君はもう、冷めたと思っていただろうね。いつもの生活に追われて、いつもの生活を守るのに二人とも必死だからね」
 結婚するって大変だな、と隆は小さく笑った。そして、千鶴を手招きして呼んだ。隆はポケットを探りキャラメルの箱を取り出して、そこからひとつ、千鶴に手渡した。

「これ……」
「そう、あの時と同じだろう? 君と一緒に食べたキャラメルだよ」
「あれ、グリコのやつじゃなかった?」
「いいや、森永のだよ。間違いない」

 千鶴は目に涙を溜めながら笑っていた。その顔を見て、ああ、あの頃みたいだな、と隆は心の中で思っていた。僕はこの笑顔が好きだったんだ。この笑顔をずっと見ていたいと思っていたんだ。隆は力強く千鶴を抱きしめた。少しだけ拒否の力強さを感じたが、それは驚きからであって、すぐになくなった。

「君は幸せかい?」
「幸せじゃないように見える?」
「いいや、と己惚れておく」
「子供を二人も授かって、とっても幸せです」
「今でも君が、大好きだ。これだけは本当だ。
 改めてプロポーズするよ。これからも、僕と一緒にいてほしい」
「うん」
「これから、もうちょっと二人で笑い合える時間を作ろう」
「……うん」
「明日からまた、よろしくお願いします」
「はい!」

 明日から、少しだけでいいから笑顔が増えた家庭になるといい、と隆は思っている。
 明日から、無理やり作った偽物の笑顔じゃなくて、心の底からの笑顔が増えるといい、と千鶴は思っている。

「今度は、桜が咲くころに子供たちと一緒に来よう」
「そうね。……彼女がいたら来てくれないよ」
「彼女も一緒に連れてくればいいさ」
 千鶴は、隆の脇を軽く小突いた。

 


お題:「桜」「キャラメル」「偽物」


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地口の旦那、再び

「あのね、番頭さん」
「何でございましょう」
「この間の寄り合いでね、ちょっと面白い噂を耳にしたんですけどね」
「またしょうもないことを伺ってきたんでございましょう、旦那様」
「相変わらずお前は口が悪いね。噂っていうのはね、この世の真理に関わることなんだよ」
「ほら、しょうもないじゃないですか」
「そう頭ごなしに言うもんじゃないよ。いいかい、この世の真理と富を手にする暗号を聞いてきたんだよ」
「はい、伺いましょう」
「なんでもね、”一つだけ山に向かって立つモアイ像の頭から天然水をかけると、すべての真理に近づく”らしいんだよ」
「はあ? モアイ、ですか」
「そう、モアイ。沖縄の方でやってる無尽講」
「それは模合です」
「沖縄の手帳には、模合帳がついてるらしいね」
「よく知ってますね、旦那様。沖縄にお友達でもいるんですか」
「番頭さん、ちょっとモアイの頭から天然水をかけてみておくれ」
「よございますよ。つきましてはモアイの所までのお足を頂戴いたしたく」
「遠いところなのかい? いくらほど出せばいいんだい」
「まあ、お安く見積もってウン十万円ほどはかかりましょうか」
「そんなにするのかい! ……渋谷のモヤイ像じゃダメかね」
「そりゃあダメでしょうなぁ」
「真理や富というのは簡単には辿り着けないもんだねぇ」
「地道に商いをするのが一番でございますよ、旦那様」
「ああ、そうだ。それを試してみよう」
「また何か思いつきました?」
「ほら、街角になぜか貼ってあるあのポスター、ほら、ピース何とか」
「ああ、世界一周の船旅のあれですか」
「あれね、大概モアイの写真が出てるじゃあないか」
「それに水をかけても何にも起きません」
「なにもそんな瞬殺にしないでもいいじゃあないか」
「第一、山に向いているかもわからないじゃないですか」
「お、興味ないふりしてそこは覚えているんだねぇ。さすが腕利きの番頭さんだ」
「興味がないといえば噓になりますか」
「じゃあ、そのうちにモアイのある所まで行きましょう」
「その前にお店に帰りましょう」
「そうだね。ああ、今日も楽しかったねぇ」
「さようでございますな、旦那様」

 


お題:「モアイ」「天然水」「街角」


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地口の旦那

「饅頭は目黒に限る」
「のっけから間違えてます、旦那様」
「私が本当に怖いものはね、秋刀魚なんだ」
「まだ引っ張りますか、旦那様」
「隣の部屋にありとあらゆる秋刀魚を取り揃えておいてだな」
「豊漁ですな、旦那様」
「今度はあっつぅーい海鮮鍋が一杯こわい」
「そろそろ無理があります、旦那様」
「そこでこの蛇含草をぺろりとひと舐め」
「まだ何も口にしてないですよ、旦那様」
「そうっと覗くと、羽織を着た秋刀魚が座ってた」
「なんですかその陽気な竜宮城は、旦那様」
「……私はね、お前にそうやってポンポン言われる筋合いはないよ。まったく主を何だと思ってるんだい」
「申し訳ないことでございます、旦那様」
「いいかい、私はね、こうやってお前たちを楽しませようとだね、日夜地口や冗談に心血を注いでいるんだ。わかってるのかい?」
「承知しております、旦那様」
「聞く者全てが感涙にむせぶような魂のこもった地口をだね、私は追及しているんだよ。お判りかい?」
「わかっております、旦那様」
「その耳ぃほじりながら人の話を聞くのは止めておくれ! なんだい、馬鹿にしやがって」
「旦那様、あちらから小粋な御新造さんが」
「ぃやさ、お富、久しぶりぃだぁ、なぁあ」
播州屋!」
「うちの屋号で呼ぶんじゃないよ」
「そろそろお店に戻りませんと、旦那様」
「ん? ああそうだね。帰りましょうかねぇ」

 

「ああ、今日も楽しかったねぇ」

「左様ですなぁ、旦那様」

 


お題:「秋刀魚」「魂」「饅頭」

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情事のこと

 女を抱いているときは大概そうだ。俺を上から見下ろす俺がいる。蛙のような格好で必死に腰を振る自分自身を眺めて、一時の情熱が急速に冷めていくのだ。それに加えて、目の前にある女の、べったりとした赤いルージュを引いた唇が俺の頭の中を一気に冷やした。無様な格好を晒しながら、冷静になってしまった頭で考える。情念のままに相手の体を求めたのは、いつが最後だったろうか、と。
 
 四年前か。最後に、狂ったように相手を求めたのは。客観的に自分を眺めることもなく、まるで一匹の雄として自らの欲望を吐き出した。そしてそのあと、別れ話を切り出された。
 相手の顔を、もうあまりよく思い出せない。長いこと付き合ったはずなんだが。一緒にいたことやらなにやら、すべて虚ろになってきている。だた、可愛らしい赤い唇と、小松菜は土が多く付いているから他の葉野菜よりよく洗うの、と、よりによってその話かよ、っていうことだけ覚えている。

 

 財布に金をしまい乍ら、べったりとしたルージュの唇の女は、ふふん、と小さく鼻で笑い、部屋を先に出て行った。まあ、そんなもんだ。身支度を簡単に整えて、俺も部屋を出ていく。ホテルの安っぽい楕円形の看板が、切れかけた蛍光灯の光に照らされて、安っぽさを更に増している。

 ちょっとだけ、呑みたい気分だ。駅とは逆の繁華街へ、俺は踵を返した。



お題:「小松菜」「赤」「楕円」

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質問

「こんな手紙一通から、よくここまでたどり着けたものです。やはりあなたは評判通り優秀だ」
「どんな評判か知りませんがね、有難いことです。それが私の財布を太らせてくれればいいんですがね」
「確かに、依頼人の増えそうな評判はそんなに流れてませんね」
「でしょ? なんでこんなに危ない方面の者ばっかり回ってくるんだか。……とりあえず、手ぇ縛ってる紐、解いちゃくれませんかね。いまさら逃げもしませんよ」
「それはこちらのお話が終わってからですよ。ちょっとした謎々を出します。ただそれだけです」
「謎々? それを解けと」
「いいえ。説いても解かなくても。それは貴方の自由です。ただあなたのクライアントにお伝えいただきたいだけです」
「なぜそんな回りくどいことを? 直接伝えればいいじゃないですか」
「……その通りです。しかしながら、こちらもゲームを仕掛けてみたくなりましてね。あなたが出てくるとなったら、特に」
「買いかぶりすぎですよ。本当は浮気調査が関の山の調査員ですって」
「まあいいでしょう。そうして韜晦なさっていてください」
「これはどうも」
「目の前に缶があるでしょう。エンジンオイルのやつが」
「……ええ、ありますね。これが?」
「その缶の中は、コンクリートで満たしてあります。なんとなく、人の頭くらい入りそうな気がしませんか?」
「(無言)」
「問題その1。クライアントからの、あなたへの依頼は何?」
「……音信不通になっている息子の捜索依頼」
「問題その2。手掛かりは何かあった?」
「手紙が一通。書置き。明らかに誰かに書かされているやつだった」
「ここまでは、事実確認。それでは問題その3」
「ちょっと待ておいまさか」


「その目の前の缶、人の頭くらい入りそうな気がしませんか?」

 



お題:「セメント」「缶」「手紙」

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