遭遇

「先輩、本当に来ますかね」
 僕は不安そうに尋ねる。正直、こんな辺鄙な山間の農場に真夜中に連れられてきて、寒風吹きすさぶ中でじっとしているなんて、苦痛でしかない。僕が何か悪いことをしたか? 何かの罰なの? これは。


「今回はかなり有力な情報だからね。期待できるよ、ウンモくん」
「ウンモじゃありません! き・ら・ら、です!」
 先輩は必ず僕の名前を”ウンモ”と呼ぶんだ。それがいつも気に入らない。僕はこの名前が大好きなのに。
「悪い悪い。でも、うちの超常研じゃ、この先ずっと”ウンモ”だぞ。そうでなくては超常研の人間とは呼べないからな」
「だからなんで”ウンモ”なんですかぁ。嫌ですよ、こんな呼び名」
 先輩は板チョコの銀紙を剝いて、ひと齧りした後に続けて、
「まず、きららは雲母の別の呼び名だ。そして、超常現象、特にUFOに関連する情報を追うものならば、旧ソ連に現れたウンモ星人に関するレポートは基礎中の基礎知識だ。ほら、やっぱりウンモだよ、ウンモくん」
「……もう、いいですよ、ウンモで。それはそうと、有力情報って何なんです?」


 先輩は板チョコをまたひと齧り。ぱきん、とちょっと乾いた音が思いのほか大きく響いてしまって、僕も共に息を呑む。
「2週間ほど前この農場の休耕地に、円形に雑草が倒れた場所が6つ、見つかった。ミステリーサークル、ってやつだな。そして私の独自の研究では、ミステリーサークルの発見から2,3週間のうちに、そこで未確認飛行物体の目撃例が集中しているんだ。つまり」
「今夜あたりから、未確認飛行物体に遭遇する可能性が高い、ということですか」
「その通り! さすがウンモくんだ。ちょっとおいで」

 

 先輩は手招きして僕を呼び寄せる。無造作に束ねた長い髪、陳腐だけどそうとしか言いようがない牛乳瓶の底のような眼鏡、そして化粧っ気のない顔が近づく。先輩は板チョコを一列割り取り、その片側を口に咥えて

「ほら、チョコレートをあげよう」
 と、悪戯っぽく言う。憧れてて、そして大好きな先輩にそんなことをされたら、僕は照れて下を向くしかないじゃないか。
「どうした? 要らないのかねウンモくん?」

 

 僕は意を決した。僕をからかっている先輩の肩をしっかりと抱き、そのまま草むらに押し倒す。圧してチョコレートを端から僕の口で齧っていく。先輩は、……驚いたように目を見開いている。僕のことを ”ウンモくん” と呼んだ罰だ。でも、ちょっと様子がおかしい。僕のことなんか眼中にないって感じで空を見上げている。押し倒したときに頭でも打ったかな?

 

 僕らのいるあたりが、ぱあっっと明るくなった。複数の農作業機がすぐ耳元で作業をしているような、そんな轟音が僕たちを包む。先輩の表情は、驚きから歓喜へと変わっていく。

 

 僕も、恐る恐る、ありえないほど明るくなった空を見上げた。



お題:「チョコ」「円」「農場」


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桜桃、或いは未練

 彼女が別れ話を切り出したのは、どこかちぐはぐなセックスを終えたところで、だった。嫌いになったわけじゃない、あなたより好きな人ができただけなの。どこにでも転がっている台詞だ。


 最後だから、もう一度だけしましょう、互いを忘れられなくなるような愛を交わしましょう、と彼女。そんな愛は交わせないことはわかっている。君の心はもう離れてるじゃないか。冷凍庫から角氷を取り出し、グラスに放り込み、水を注ぐ。溶けきる前には終わるだろう。


 二度目は、ただの性交。愛していたはずの女性が同じベッドにいるはずなのだが、今、俺の下にいるのが誰なのかなかなか理解ができない。全く知らない他人のようだ。


 いつもより激しく、ではなく、ただ乱暴な愛撫と、自慰の延長でしかない挿入。紳士として淑女に対する礼儀? 美徳? そんなものはクソ喰らえだ。ただのオスとメスじゃないか、と心の中で悪態をつきながら、激しく腰を打ち付ける。やがて生理的に迎える絶頂と射精、そして虚しさ。


 必要な言葉以外交わすこともなく、身支度を整え、表へ出る。道すがらのスーパーマーケットに入り、彼女はさくらんぼの小さなパックをひとつ、買う。枝の繋がったのを取り出して、ひとつだけ口に入れ、もうひとつを俺に差し出す。それを持て余しているうちに大きな駅が近づく。夜も深いというのに人の波がふたりを包む。


 彼女は、地下鉄の駅へと、振り返ることもなく階段を下っていく。


 俺は持て余していたさくらんぼを、高く放り上げる。

 

 放物線を描き落下する桜桃、そして雑踏に噛み砕かれていく。

 



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Including
〈 冷凍 〉
さくらんぼ 〉
〈 美徳 〉
〈 雑踏 〉

インターセプター

 えーっと、アルバム「インターセプター」を聴きながら、それぞれの曲についてコメントすればいいんですね。はい、リリースから10周年ていうことで。そうか、もう10年になるんですね。確かに「インターセプター」は、いろいろと重要なアルバムでしたから。みんなが好き勝手やってましたしね。
 そう、5曲しか入ってないんですよね。ミニアルバムじゃないんだから(笑)。でも全部10分以上の曲なんですけどね。アルバムの長さとしたらまあまあです。みんなこの頃はプログレを志向してました。イエスとかクリムゾンとか。だから曲が長くなっていったんですよね。4,5分で終わる曲が多い今とは比べ物にならない。短い曲は、それはそれで難しいしいいもんですけど。

 1曲目、「白雁」。キャメルのアルバムからインスパイアされたやつです。これはギターの加納君のための曲です。こういう曲で美しい音を出すんですよ。泣きのギターなんだけど、決してブルージーじゃない、っていう。
 ああ、でも今聴くと、加納君、この頃からいろいろ悩んでたんですね。このあたりの音、ちょっと荒れてますもん。葛藤があったんですね。……ひょっとしたらバンド抜けることをこの頃から考えてたのかな。この後すぐでしたからね、辞めるって言ったの。でも、このギターソロ、ほらここの所。今聴いても素晴らしいですよ。こんな綺麗な音で弾ける人、そうはいないですよね。

 次が、2曲目、「ブルーズ」。これね、スタジオで一発録音だったんです。いわゆる「モード」ってやつを試してみたくて、ルートとスケールだけ決めてせーのでインプロヴィゼイション。楽しかったですよ。よくね、タイトルの割にブルース進行じゃない、って言われました。Blues、じゃなくてBruiseの方なんですよ。傷跡、こう、瘡蓋剥した後の薄皮ができてきた、みたいな傷跡のイメージ。ってどんなイメージかわかんないですよね。それこそ加納君がなんでか知らないけど膝すりむいてて、それをそのままタイトルにしたんじゃなかったかな。意味は全然ないんです(笑)。

 3曲目、「インターセプター」。タイトル曲ですね。これはドラムが凄い。杉山君の本領発揮です。フィルの手数の多さとかそっちばっかり当時は話題にされてましたけど、後半のキメのところで、拍がオモテとウラと、コロコロ変わるの気付きました? そう、ここのところ。ここは本当に杉山君天才だと思いましたよ。こっちがついていくのが大変で(笑)。杉山君も入ってすぐで、まだまだひよっこだと思ってたらそれどころじゃないってね。彼は本当に天才でした。あんな事故がなければ、また違ったバンドになってたんでしょうね、うちも。

 4曲目は、えーと何だっけ、「ミスカトニック」か。これは最後まで聴くの、みんな辛かったと思いますよ(笑)。でもメンバーみんなこの曲が好き、っていうんで。前半ずーっと地味ですからね。これは加納君とキーボードの翔がクトゥルフに嵌ってた頃の曲です。タイトル見ればわかると思いますけど。だからメンバーみんなでラヴクラフトの小説とか回し読みしてね(笑)、イメージを統一しよう、って。最終的には、みんなで「いあ、いあ」とか「窓に! 窓に!」とか言い始めてね。なんか変な雰囲気の中で録音した覚えがあります。聞いててもそんな感じ伝わりますよね。

 最後。「ブレード・カシナート」。シンプルに3コードの曲を作ろう、って言ってやってみたらやはり10分越え、ってね。どんだけ長い曲好きなんだ俺ら(笑)。ライブとかでノれる曲が欲しかったんです。みんな小難しい顔して聞く曲ばっかりになっちゃったんで。でも、この曲ライブでやったことないんですよね(笑)。いまいち人気がない。
 曲のタイトルはウィザードリィからです。刀の名前です。でも本当は違うんですよね。クイジナート、でしたっけ。そこの電動の泡だて器だかなんだか。あ、フードプロセッサーか。

 ……いいアルバム作ってましたねー、俺たち(笑)。今でも十分聴けると思います。曲もあまり長く感じさせないし、って自画自賛。またそのうちにこんなアルバム作れたらいいなーって思いますよ、マジで。加納君もよかったら参加してくれないかな。まあ、見ててください。また面白いもの作りますから。

 今日はどうもありがとうございました。



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Including
〈 がん 〉
〈 葛藤 〉
〈 ひよこ 〉
〈 瘡蓋 〉
〈 泡立て器 〉

生け花

「旦那様。何をしてらっしゃるんですか」
「ああ、番頭さんかい。今日は花を生けようかと思ってね」
「花、ですか」
「そう、花。一輪挿しなんか風流でいいねぇ」
「さようですな」
「一輪挿しはね、淡い色の花ももちろんいいけどね、濃い、はっきりとした原色なんかも乙なもんだよ。ほらこの赤のカーネーションなんかどうだね」
「へぇ、素敵なもんですね。旦那様を見直しました」
「今までどんな目で見てたんだね」
「こんな目でございます」
「なんだね、目を思いっきり横に引っ張って。相変わらずあたしのことを馬鹿にしてるね」
「それはそうと、花瓶じゃないんですね」
「うん、壁に自動小銃を掛けてね。その銃口に生けてみた」
「なんでまたそんな頓狂なことを」
「あたしなりのメッセージ、ってやつかね」
「戦争反対、とかですか」
「おや、よくわかったね」
「分り易すぎます」
「そうかい?」
「そこが旦那様らしくて良いかと存じます」
「褒めても小遣いは出ないよ」
「承知しております。ところで、この銃についてるワニ口クリップは何です?」
「ああこれね。ここに押し花を挟んでね、見に来た人が持って帰れるようにね」
「旦那様、熱か何かおありで?」
「あたしはいたって正常ですよ」
「雨でも降りませんかねぇ。小僧たちに貸し傘の用意をさせないと」
「今日は何を言われてもそんなに腹も立ちませんよ」
「よい心がけでございます」
「今日も一日、」
「よい一日でしたな、旦那様」



お題:「クリップ」「戦争」「花」

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決戦兵器

「ようやく完成したので君に真っ先に見てもらおうかと思ってね」
「光栄です、博士。最終決戦に向けての人類の英知を誰よりも早く目の当たりにできるとは」
「さあ、この奥だ。……ああ、そこに段差がある。気をつけたまえ」
「はい。……! これが!」
「そう、最終決戦用人型兵器”リセ”だ」
「”リセ”、ですか」
「どうした、何をそんなに気のない声を出す」
「いえ、方向性がちょっとわからなくなったもので」
「何がどうわからないというのだね」
「いやあの、人型なのはわかるんですが、……なぜセーラー服風なんですか?」
「趣味だ」
「趣味」
「そう、趣味」


「このスカートみたいなのもそうなんですか」
「これは実用も兼ねておる。推進用のバーニアの保護と追加装甲としての役割を持っておる」
「プリーツ、要りましたか?」
「気に入らんなら、フレアスカート風にもできるぞ」
「(そういう問題じゃないんだけどな)」
「何か言ったか?」
「いえ、別に」

 

「この人型兵器はな、搭乗者の呼吸、脈拍、脳波、筋肉の微動、そういったものを連動させることで動くのだ」
「つまり、動作について思考したとおりに動きをトレースするということですか」
「そう、考えた通りに動く。その思考とのリンクをより確実なものとするために、専用のユニホームを用意した」
「どんなものですか……なんとなく想像はつくけど」
「いま私が白衣の下に着ているものがそうだ」
「これはッ! 黒の全身タイツ?! しかも胸に矢印(↓)!」
「さらにミニスカート風のヒラヒラもついておる」
「これもやはり……」
「趣味だ」
「趣味」
「そう、趣味」

 

「博士」
「なんだね」
「これ、やはり私が乗るんですか」
「もちろんだ」
「このユニホームを着て?」
「そのとおり」
「……どうしても、ですかぁ?」
「泣くな泣くな。君のその美貌に合わせてデザインしたものばかりだ。着て似合わんことはない」
「センスが古すぎなんですよぉー」
「大丈夫だ。10年もすればファッションは一周してくる。それを待とう」
「これから最終決戦だって言ったじゃないですかぁ」
「それを乗り越えれば、その先30年だろうと50年だろうと続けることができるではないか。だから、勝とう」

 


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Including
〈 呼吸 〉
〈 プリーツスカート 〉

可能性

たとえば、あなたに片思いをしている世界

たとえば、あなたが片思いをしている世界

たとえば、あなたと私がどこまでも愛し合っている世界

たとえば、あなたと私がどこまでも憎しみ合っている世界

たとえば、私なんていない世界

たとえば、あなたがいない世界


どの可能性を選んでも

圧し潰されそうで

耐えられなくなりそうで

だから今ある

この世界で

あなたの手を取り

生きよう



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Including
<平行世界>

……ナンカチョトチガウカナ……

知っちゃダメなの

「よーしカット! いい感じだよー」
「監督、監督。ちょっと」
「なんだ」
「ちょっと小道具の方からですね」
「なんかあったのか」
「あの取り出した銃にサプレッサーつけるじゃないですか」
「そうだよ、このドラマ ”知ってはいけない” のな、あそこでこう、スリルとサスペンスがグワーッと盛り上がっていくんじゃないか」
「その、それが言いづらいんですが」
「なんだよ、早く言えって。何かまずいことでもあるのか」
「そうなんです」
「ここまでのシーンでおかしなところなどなかったぞ。何がまずいんだ」
「あの、小道具さんがですね」
「小道具がどうした」
「サプレッサーつけるっての知らなくて、リボルバータイプの用意しちゃったんです」
リボルバーのほうが拳銃らしいスタイルで見た目にアピールするじゃないか。何がまずいんだね」
「あの、リボルバーって、サプレッサーつけても消音の効果、全くないんです」
「……へ?」
「ですから、たぶんこの後音効さんが、ぷしゅ、とか効果音つけますよね」
「そうだな、消音器つけてるからそんな音だな」
「音、消えないんですよ、あれじゃ」
「見てる奴はそんなの分からないだろう」
「最近のマニアを侮っちゃダメです、監督。絶対気付きます」
「気付くかね」
「絶対に。そしてツイッターで大炎上間違いなしです」
「そうかそれも困るな」
「小道具用意しなおして撮り直し、ですかね」

「あーーー!!」

「なんだ?!」

「あーーー! サチュってるーーー!!」

「な、なんだと?!」

「表出たところから完全にトンでます!!」

「ここにきてなんでサチュレーションなんか起こすんだ! ちゃんと露出測ったんだろうな」

「まさかこんなに日差しが強いとは思いませんでしたー!!」

「スコールのシーンだと言っただろうが! 照明! 何やってんのもう!」

「あーもう全部ひっくるめて撮り直しー!!」


 会議だけではなく、撮影も踊るのである。
 


お題:「サスペンス」「サプレッサー」「サチュレーション」

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