Shoe-shine Boy
今日のは、レッドブラウンのウィングチップ。まずは靴紐を一回抜いて、それからシューキーパーを入れて形を整えておく。
ブラシで汚れ落とし。コバの部分を特に念入りに。革本体は後で手入れするからね
固く絞ったウェスで水拭き。このひと手間が大事だと思ってる。汚れが目立つところは、クリーナーで汚れ落とし。それを乾いたウェスで乾拭き。一週間に一遍は、このくらいの手入れをしたいところ。
さてここからが本番。靴クリームをまんべんなく塗る。塗る量はほんのちょっとでOK。丁寧に、まんべんなく伸ばして。
よーく伸ばしたら、ブラシでこする! 全体的に手早く! これだけでだいぶツヤが出てくるんだ。
ちょっと休憩。ガラス張りになった天井を見上げる。おおきな島宇宙が見える。銀河系を飛び出てこんな宇宙の彼方まで来ても、やっぱり革靴を履く人はいるもんだ。まあ、それは僕なんだけどね。誰に見せるわけでもないんだけど、趣味くらい持ってないと、こんな狭いところにいられないよ。
さて、続きだ。ここでポリッシュの出番だ。ウェスに付けて、これもやはり全体に、均一に塗っていく。ウェスに取る時、指の体温でじわっと溶けていくのが分かる。その感覚が何となく好きだ。
全体にポリッシュを塗ったら、ウェスで磨く。この時水を含ませたウェスを使うと、ピカピカに仕上がる。光らせるのは、つま先と踵だけ。この2か所だけピカピカにするのがポイント。全体に光らせると品がないからね。ほら、綺麗になった。
あとは、靴紐を通しておしまい。ちょっと面倒かもしれないけど、ちゃんとパラレルで靴紐を通そう。こっちのほうが足にフィットすると思うよ。
自分で言うのもなんだけど、すごくいい仕上がりだ。しばらく、この靴は飾っておこう。そしてまた、履きもしないで磨くことになるんだけどさ。目的地まで、あとどれくらいかかるやら。
了
nina_three_word.
Including
〈 銀河 〉
〈 靴紐 〉
タイトルは無い
「ドイツから養子を迎えた夫婦がな、その迎えた養子に虐待で訴えられたらしい」
「なんで」
「なんでも食べ物のことでな、こんなものを食べさせるなんてひどすぎる、とかなんとか」
「コロッケの代わりにたわしでも出したか」
「どこの昼ドラだそれは。そうじゃなくてな、その、鯨の竜田揚げをな」
「あーあーあー」
「あーあーあー」
「サイドディッシュは」
「グリーン・ピース」
了
お題:「鯨の竜田揚げ」「養子」「ドイツ」
今宵の、或いは最後の肴
「……明後日付で、第六十二歩兵連隊に召集をされました。明後日早朝の汽車でここを離れます」
少しお酒を召してから、あの人は私の目をじっと見据えてそう言いました。
「あなたとこうして会うことも、しばらくはできなくなりますね」
「……明日また、いらしてくださいませんか」
意を決したように、私はあの人に声を掛けました。もう会えなくなるかもしれない寂しさから、はしたなくも私から声をかけてしまったのです。このまま私は忘れられてしまうのでは、という思いがそうさせたのだと思います。私は、あの人の一部になりたかったのです。
翌日、あの人はまた来てくださいました。膳の用意をして、今宵の肴を前に、あの人に思い切って話しかけました。
「今宵の肴、いえ、魚、ですね。お召し上がりになる前にお話だけお聞きになってください。このお刺身は、お気づきでしょう、私の乳房です。人魚の肉を喰らえば、不老不死となる、と申します。
私の思いです。どうぞ死なないで、生きて帰ってらして。でも、
でも、あなたもご存知でしょう、不老不死であることの寂しさも。
だから、召し上がらなくてもよいのですよ。あなたがお決めになってください」
ここまで一気に話して、私は顔を伏せました。ええ、溢れ出る、とめどなく流れる涙を隠すためです。
どれほどの時間がたったのでしょう。この私が、永劫の時、と感じるほどの間、あの人は考えていらしたんでしょう。意を決した声で言ったのです。
「ありがとう、あなたの気持ちはよくわかりました。でも僕は
僕は、これをいただくことはできない
戦地に赴くのです、戦闘服を身に纏い、相手の命を取りに行くのです。
私が不死であったら、如何な憎き敵であろうと、それは不公平というものです」
「死ぬのは、怖くないのですか」
私は涙ながらに聞き返しました。
「とても怖いですよ。だから、あなたの前でこんなことを言うのは失礼だけれども、限りある命でいたいのです。
死の影にびくびくと怯えながら生きていくのが、僕には似合っている。でも、あなたの想いは、嬉しかった。ありがとう」
私は、その場に顔を伏せ声を上げて泣いていました。
「傷、とても痛むのですか? 片方の乳房を切り落としているんだ、尋常ではない痛みでしょう」
「はい、でも、一週間もしましたら元に戻り始めますので、ご心配なさらずに」
こんな時にでも、あの人は優しい。
「……、それでは、そろそろ戻ります」
「これでしばらくのお別れですね」
「指切りを、しましょう。僕は必ず戻ってきます」
「はい、待って、います」
そして指切りのあと、あの人は熱い抱擁と、初めての口づけを呉れたのでした。
了
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Including
〈戦闘服〉
〈刺身〉
〈指切り〉
光に包まれて
ホットミルクにチョコレートを溶かして
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて
体を温かくしていく
今日はなぜか、昔のことを思い出した
それは小さい子供の頃
同じようにホットミルクをゆっくりと飲んで
パパとママにおやすみのキスをして
お気に入りのぬいぐるみを抱いてベッドに入って
突然周りが明るくなったときのこと
誰かが明るい光の中に立って
小さな七色のキャンディーをちりばめたような光に包まれて
ちいさな人影と一緒に姿を消した
それが誰だか知っているんだけど
パパもママも知らないって
でも私は知っている
消えていくときに
小さい人影が言ったの
”これは契約”
”お兄さんは連れていく”
私にはお兄さんがいたんだ
もう会えないかな
また会えるかな
了
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Including
〈ぬいぐるみ〉
〈ホットミルク〉
神の子孫
「我々第二次調査隊がこの惑星に降り立ってから我々の基準時間でおよそ3週間経過してる。ここまでの状況から言うと、正直なところ調査自体は全くと言っていいほど進展をしていない。
その理由はただ一つ。我々はこの惑星原生の生命体から歓待を受けている。科学的な進歩を遂げているとは到底言い難いが、ある種のコミュニティを作り、その中で一定の秩序をもって生活をしている。その彼らに、我々は”新たな神”として迎えられた。
我々の前にこの星に降り立った第一次調査隊が連絡を絶ったため、我々がここに派遣されてきたわけだが、その理由はここにきて分かった。彼らの乗る大圏突入用のポッドが地上に降り立ち、そこから降り立った彼らの姿が、この星の者(?)には、”大きく光る流れ星に乗ってきた神”と映ったのだろう。彼らはこの星で神になったのだ。彼らは突入用ポッドの降り立ったところを聖地として管理し、彼らの神をそこに住まわせていた。というと聞こえはいいが、結局はどこにも出歩けず、ポッド周辺に閉じ込められているのと同義だ。そして、今まで彼らが持っていなかったであろう概念、『宗教』みたいなもの、いや、そのものを持ち込んでしまったのだ。
当然のことだが我々は現実には神ではない。この身は遠くない将来に朽ち果てる。実際、第一次調査隊もそうであった。我々は聖地へと案内され、今はそこで新たな神として迎えられている。朽ちつつある突入用ポッドの中には、船外活動服に身を包んだまま死蝋化した第一次調査隊の遺体が祭られている。そして我々のポッドの着陸位置も新たに聖地として整備されつつある。我々の運命も同じような結末を迎えるのだろう。
いや、ただ一つ、第一次調査隊と違うことがある。我々の中には女性がいる。神は子孫を残すことができる」
「……以上が、約4万年前のクロマニヨン人の洞窟から発見された記録装置、いわゆるオーパーツの解析を行った結果です」
「新人は、旧人を凌駕した、か」
「どこの星だったんでしょうね、故郷は」
了
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Including
〈「宗教みたい」を含んだ台詞〉
遭遇
「先輩、本当に来ますかね」
僕は不安そうに尋ねる。正直、こんな辺鄙な山間の農場に真夜中に連れられてきて、寒風吹きすさぶ中でじっとしているなんて、苦痛でしかない。僕が何か悪いことをしたか? 何かの罰なの? これは。
「今回はかなり有力な情報だからね。期待できるよ、ウンモくん」
「ウンモじゃありません! き・ら・ら、です!」
先輩は必ず僕の名前を”ウンモ”と呼ぶんだ。それがいつも気に入らない。僕はこの名前が大好きなのに。
「悪い悪い。でも、うちの超常研じゃ、この先ずっと”ウンモ”だぞ。そうでなくては超常研の人間とは呼べないからな」
「だからなんで”ウンモ”なんですかぁ。嫌ですよ、こんな呼び名」
先輩は板チョコの銀紙を剝いて、ひと齧りした後に続けて、
「まず、きららは雲母の別の呼び名だ。そして、超常現象、特にUFOに関連する情報を追うものならば、旧ソ連に現れたウンモ星人に関するレポートは基礎中の基礎知識だ。ほら、やっぱりウンモだよ、ウンモくん」
「……もう、いいですよ、ウンモで。それはそうと、有力情報って何なんです?」
先輩は板チョコをまたひと齧り。ぱきん、とちょっと乾いた音が思いのほか大きく響いてしまって、僕も共に息を呑む。
「2週間ほど前この農場の休耕地に、円形に雑草が倒れた場所が6つ、見つかった。ミステリーサークル、ってやつだな。そして私の独自の研究では、ミステリーサークルの発見から2,3週間のうちに、そこで未確認飛行物体の目撃例が集中しているんだ。つまり」
「今夜あたりから、未確認飛行物体に遭遇する可能性が高い、ということですか」
「その通り! さすがウンモくんだ。ちょっとおいで」
先輩は手招きして僕を呼び寄せる。無造作に束ねた長い髪、陳腐だけどそうとしか言いようがない牛乳瓶の底のような眼鏡、そして化粧っ気のない顔が近づく。先輩は板チョコを一列割り取り、その片側を口に咥えて
「ほら、チョコレートをあげよう」
と、悪戯っぽく言う。憧れてて、そして大好きな先輩にそんなことをされたら、僕は照れて下を向くしかないじゃないか。
「どうした? 要らないのかねウンモくん?」
僕は意を決した。僕をからかっている先輩の肩をしっかりと抱き、そのまま草むらに押し倒す。圧してチョコレートを端から僕の口で齧っていく。先輩は、……驚いたように目を見開いている。僕のことを ”ウンモくん” と呼んだ罰だ。でも、ちょっと様子がおかしい。僕のことなんか眼中にないって感じで空を見上げている。押し倒したときに頭でも打ったかな?
僕らのいるあたりが、ぱあっっと明るくなった。複数の農作業機がすぐ耳元で作業をしているような、そんな轟音が僕たちを包む。先輩の表情は、驚きから歓喜へと変わっていく。
僕も、恐る恐る、ありえないほど明るくなった空を見上げた。
了
お題:「チョコ」「円」「農場」
桜桃、或いは未練
彼女が別れ話を切り出したのは、どこかちぐはぐなセックスを終えたところで、だった。嫌いになったわけじゃない、あなたより好きな人ができただけなの。どこにでも転がっている台詞だ。
最後だから、もう一度だけしましょう、互いを忘れられなくなるような愛を交わしましょう、と彼女。そんな愛は交わせないことはわかっている。君の心はもう離れてるじゃないか。冷凍庫から角氷を取り出し、グラスに放り込み、水を注ぐ。溶けきる前には終わるだろう。
二度目は、ただの性交。愛していたはずの女性が同じベッドにいるはずなのだが、今、俺の下にいるのが誰なのかなかなか理解ができない。全く知らない他人のようだ。
いつもより激しく、ではなく、ただ乱暴な愛撫と、自慰の延長でしかない挿入。紳士として淑女に対する礼儀? 美徳? そんなものはクソ喰らえだ。ただのオスとメスじゃないか、と心の中で悪態をつきながら、激しく腰を打ち付ける。やがて生理的に迎える絶頂と射精、そして虚しさ。
必要な言葉以外交わすこともなく、身支度を整え、表へ出る。道すがらのスーパーマーケットに入り、彼女はさくらんぼの小さなパックをひとつ、買う。枝の繋がったのを取り出して、ひとつだけ口に入れ、もうひとつを俺に差し出す。それを持て余しているうちに大きな駅が近づく。夜も深いというのに人の波がふたりを包む。
彼女は、地下鉄の駅へと、振り返ることもなく階段を下っていく。
俺は持て余していたさくらんぼを、高く放り上げる。
放物線を描き落下する桜桃、そして雑踏に噛み砕かれていく。
了
nina_three_word.
Including
〈 冷凍 〉
〈 さくらんぼ 〉
〈 美徳 〉
〈 雑踏 〉