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扉、真理

 隣人が壁を何度も叩いているのは、さっきからわかっている。でも、その叩く音が状況を悪化させていることを、彼(彼女?)は理解をしていない。その叩く音が、奴らを呼び寄せる一助となっているのを全くわかっちゃいないんだ。奴らを退ければ、僕はこの世界の智慧を手に入れることができるというのに!

 

 一時間ほど前から、壁のシミが何かの意思を持ったかのように動き出した。一時期流行った立体視のように、シミの所だけが不自然に浮き上がっていた。絡み合った紐状のものが、右回転、或いは左回転を繰り返しているように見えた。この時に僕は悟った。これは何かの啓示なんだと。何かの窓が開く、その前兆なのだと。それを受け入れるのが僕の運命なのだ。

 しかし、それを邪魔するように、壁一面に文字が浮かんだ。何が書いてあるか読み解こうとしたが、一部の文字は崩れ、一部の文字はニキシー管のそれのように変わり続け、残りは、といえば既にゲシュタルト崩壊を起こして文字としての認識が出来なくなっていた。何か呼びかけているような気もしたが、それすら、言語として認識をすることができず、音の連なりとしか理解できなくなっていた。

 僕は、これは奴らの妨害なんだ、と直感した。奴らがこの場に顕現してしまったら、心理の窓は二度と開かなくなる! 抵抗するんだ、抵抗の意思を示すんだ! 力の限りに叫べ!

 

 真理の窓は周世に僕のものだ、邪魔はさせない!
 真理を恐れるものよ、立ち去れ!
 立ち去れ!
 立ち去れ!

 

 部屋のドアノブを、ガチャガチャと回す音が響く。ついに奴らが来た! 邪魔はさせない! 
 果物ナイフを手に取って鞘を払い(これが一番鋭利だ)、入り口のシリンダー錠を開放した。そして戸が開くと同時に相手に深々と突き刺す。……隣人だ。いや、隣人の姿をした奴らだ、その証拠に見ろ! この瞳を見るんだ!

 

 瞳が、山羊の瞳のように縦に二つ。奴らじゃない、奴らじゃなかった! 僕は、自ら真理の扉を閉ざしてしまった!



nina_three_word.

Including
〈 ドアノブ 〉
〈 隣 〉
ゲシュタルト崩壊
〈 山羊 〉

Tさん、憤る

 朝からTさんに呼び出された。どうしても話したいことがあるんだと。何事かと思っていつもの安ホテル、の向かいの路上カフェへ。Tさんはすでに練乳のばっちり入ったコーヒーを前にして、難しい顔で腕組みをしていた。
 どうしたんですか、と尋ねると、今朝、とんでもないニュースをやっていた、と憤っている。
 なんでもドイツで初老の夫婦が逮捕されたと。罪状は児童虐待と未成年略取。貧しい途上国で幼い子たちを養子縁組して連れ帰り、性的な虐待を加えていたとか。なかなかの外道だ。しかも連れ帰った人数と保護された子供たちの数が合わない。ってことはそう言うことなんだろうね。しかし、Tさんもそんなに人のことは言えないんじゃないのかな。20歳年下の彼女はどうしたんだ。
 Tさん曰く、虐待を加えるような奴と一緒にするな、ましてや殺すなんぞ以ての外だ、ということらしい。これから綺麗に育っていく子たちをもっと大切にしろ、と。と言ったところで説得力無いですよ、Tさん。まあでも、憤るのはわかります。なんか搾取されてるな、と思えるくらいには、その貧しい途上国に深入りしてしまってるんですよ、二人して。
 けっこう、Tさんは熱い人だったんだなぁ、意外な一面を見た気がした。



お題:「鯨の竜田揚げ」「養子」「ドイツ」


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Shoe-shine Boy

 今日のは、レッドブラウンのウィングチップ。まずは靴紐を一回抜いて、それからシューキーパーを入れて形を整えておく。
 ブラシで汚れ落とし。コバの部分を特に念入りに。革本体は後で手入れするからね
 固く絞ったウェスで水拭き。このひと手間が大事だと思ってる。汚れが目立つところは、クリーナーで汚れ落とし。それを乾いたウェスで乾拭き。一週間に一遍は、このくらいの手入れをしたいところ。
 さてここからが本番。靴クリームをまんべんなく塗る。塗る量はほんのちょっとでOK。丁寧に、まんべんなく伸ばして。
 よーく伸ばしたら、ブラシでこする! 全体的に手早く! これだけでだいぶツヤが出てくるんだ。

 ちょっと休憩。ガラス張りになった天井を見上げる。おおきな島宇宙が見える。銀河系を飛び出てこんな宇宙の彼方まで来ても、やっぱり革靴を履く人はいるもんだ。まあ、それは僕なんだけどね。誰に見せるわけでもないんだけど、趣味くらい持ってないと、こんな狭いところにいられないよ。

 さて、続きだ。ここでポリッシュの出番だ。ウェスに付けて、これもやはり全体に、均一に塗っていく。ウェスに取る時、指の体温でじわっと溶けていくのが分かる。その感覚が何となく好きだ。
 全体にポリッシュを塗ったら、ウェスで磨く。この時水を含ませたウェスを使うと、ピカピカに仕上がる。光らせるのは、つま先と踵だけ。この2か所だけピカピカにするのがポイント。全体に光らせると品がないからね。ほら、綺麗になった。
 あとは、靴紐を通しておしまい。ちょっと面倒かもしれないけど、ちゃんとパラレルで靴紐を通そう。こっちのほうが足にフィットすると思うよ。

 自分で言うのもなんだけど、すごくいい仕上がりだ。しばらく、この靴は飾っておこう。そしてまた、履きもしないで磨くことになるんだけどさ。目的地まで、あとどれくらいかかるやら。



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Including
〈 銀河 〉
〈 靴紐 〉

タイトルは無い

「ドイツから養子を迎えた夫婦がな、その迎えた養子に虐待で訴えられたらしい」
「なんで」
「なんでも食べ物のことでな、こんなものを食べさせるなんてひどすぎる、とかなんとか」
「コロッケの代わりにたわしでも出したか」
「どこの昼ドラだそれは。そうじゃなくてな、その、鯨の竜田揚げをな」
「あーあーあー」
「あーあーあー」
「サイドディッシュは」
「グリーン・ピース」



お題:「鯨の竜田揚げ」「養子」「ドイツ」


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今宵の、或いは最後の肴

「……明後日付で、第六十二歩兵連隊に召集をされました。明後日早朝の汽車でここを離れます」
 少しお酒を召してから、あの人は私の目をじっと見据えてそう言いました。
「あなたとこうして会うことも、しばらくはできなくなりますね」
「……明日また、いらしてくださいませんか」
 意を決したように、私はあの人に声を掛けました。もう会えなくなるかもしれない寂しさから、はしたなくも私から声をかけてしまったのです。このまま私は忘れられてしまうのでは、という思いがそうさせたのだと思います。私は、あの人の一部になりたかったのです。

 

 翌日、あの人はまた来てくださいました。膳の用意をして、今宵の肴を前に、あの人に思い切って話しかけました。
「今宵の肴、いえ、魚、ですね。お召し上がりになる前にお話だけお聞きになってください。このお刺身は、お気づきでしょう、私の乳房です。人魚の肉を喰らえば、不老不死となる、と申します。
 私の思いです。どうぞ死なないで、生きて帰ってらして。でも、
 でも、あなたもご存知でしょう、不老不死であることの寂しさも。
 だから、召し上がらなくてもよいのですよ。あなたがお決めになってください」

 ここまで一気に話して、私は顔を伏せました。ええ、溢れ出る、とめどなく流れる涙を隠すためです。

 

 どれほどの時間がたったのでしょう。この私が、永劫の時、と感じるほどの間、あの人は考えていらしたんでしょう。意を決した声で言ったのです。

「ありがとう、あなたの気持ちはよくわかりました。でも僕は
 僕は、これをいただくことはできない
 戦地に赴くのです、戦闘服を身に纏い、相手の命を取りに行くのです。
 私が不死であったら、如何な憎き敵であろうと、それは不公平というものです」

「死ぬのは、怖くないのですか」
 私は涙ながらに聞き返しました。

「とても怖いですよ。だから、あなたの前でこんなことを言うのは失礼だけれども、限りある命でいたいのです。
 死の影にびくびくと怯えながら生きていくのが、僕には似合っている。でも、あなたの想いは、嬉しかった。ありがとう」
 私は、その場に顔を伏せ声を上げて泣いていました。
「傷、とても痛むのですか? 片方の乳房を切り落としているんだ、尋常ではない痛みでしょう」
「はい、でも、一週間もしましたら元に戻り始めますので、ご心配なさらずに」
 こんな時にでも、あの人は優しい。
 
「……、それでは、そろそろ戻ります」
「これでしばらくのお別れですね」
「指切りを、しましょう。僕は必ず戻ってきます」
「はい、待って、います」
 そして指切りのあと、あの人は熱い抱擁と、初めての口づけを呉れたのでした。



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Including
〈戦闘服〉
〈刺身〉
〈指切り〉

光に包まれて

ホットミルクにチョコレートを溶かして
ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて
体を温かくしていく

 

今日はなぜか、昔のことを思い出した

 

それは小さい子供の頃
同じようにホットミルクをゆっくりと飲んで
パパとママにおやすみのキスをして
お気に入りのぬいぐるみを抱いてベッドに入って
突然周りが明るくなったときのこと

 

誰かが明るい光の中に立って
小さな七色のキャンディーをちりばめたような光に包まれて
ちいさな人影と一緒に姿を消した

 

それが誰だか知っているんだけど
パパもママも知らないって

 

でも私は知っている
消えていくときに
小さい人影が言ったの

 

”これは契約”
”お兄さんは連れていく”

 

私にはお兄さんがいたんだ
もう会えないかな
また会えるかな



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Including
〈ぬいぐるみ〉
〈ホットミルク〉

 

神の子孫

「我々第二次調査隊がこの惑星に降り立ってから我々の基準時間でおよそ3週間経過してる。ここまでの状況から言うと、正直なところ調査自体は全くと言っていいほど進展をしていない。
 その理由はただ一つ。我々はこの惑星原生の生命体から歓待を受けている。科学的な進歩を遂げているとは到底言い難いが、ある種のコミュニティを作り、その中で一定の秩序をもって生活をしている。その彼らに、我々は”新たな神”として迎えられた。
 我々の前にこの星に降り立った第一次調査隊が連絡を絶ったため、我々がここに派遣されてきたわけだが、その理由はここにきて分かった。彼らの乗る大圏突入用のポッドが地上に降り立ち、そこから降り立った彼らの姿が、この星の者(?)には、”大きく光る流れ星に乗ってきた神”と映ったのだろう。彼らはこの星で神になったのだ。彼らは突入用ポッドの降り立ったところを聖地として管理し、彼らの神をそこに住まわせていた。というと聞こえはいいが、結局はどこにも出歩けず、ポッド周辺に閉じ込められているのと同義だ。そして、今まで彼らが持っていなかったであろう概念、『宗教』みたいなもの、いや、そのものを持ち込んでしまったのだ。
 当然のことだが我々は現実には神ではない。この身は遠くない将来に朽ち果てる。実際、第一次調査隊もそうであった。我々は聖地へと案内され、今はそこで新たな神として迎えられている。朽ちつつある突入用ポッドの中には、船外活動服に身を包んだまま死蝋化した第一次調査隊の遺体が祭られている。そして我々のポッドの着陸位置も新たに聖地として整備されつつある。我々の運命も同じような結末を迎えるのだろう。
 いや、ただ一つ、第一次調査隊と違うことがある。我々の中には女性がいる。神は子孫を残すことができる」


「……以上が、約4万年前のクロマニヨン人の洞窟から発見された記録装置、いわゆるオーパーツの解析を行った結果です」
「新人は、旧人を凌駕した、か」
「どこの星だったんでしょうね、故郷は」



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Including
〈「宗教みたい」を含んだ台詞〉