探し物

 とある日、路上にて。
 あの、すいません。それ、Ninjaですよね、カワサキの。ちょっと私とレースをしませんか?
 ゴールですか? とりあえず、静岡までで。いや、どこでもいいんですよ。どこか遠いところなら。それじゃ、ここから甲州街道を通って下道で小淵沢まででどうです? そんなに遠くもないですけど。ああ、乗ってくれますか。
 ああ、今日でもいいんですけど、3日後の朝4時に新宿をスタートでどうですか?

 


 こんな街から逃げ出したかった。東京で生まれ育ったくせに、この町が大嫌いだ。居心地が悪くて仕方がない。はずなんだけど、これはこれでいいのか、と思い始めている自分が許せなかった。昔嫌っていた大人って奴になっていくような気がした。
 本当の自分は、こんなもんじゃない。冷たく、鋭利であったはずだ。冷えた氷水のような自分を取り戻す。氷なんてすっかり溶けきって、ただの温い水になった自分が許せない。

 


 だから、レースを仕掛けたのだ。

 レースが終わっても、ここには帰ってこない。

 そのままどこまでも走っていくつもりだ。

 


 ふふん、ずいぶんと身勝手で青臭いお話だな。本当の自分探しですか。またおめでたいことだねぇ。冷たいままでいられない、熱く滾ることもできない、その温い水が、お前だ。お前自身だ。冷たかったこともない、鋭利だったこともない。ほら、自分が見つかったぜ、良かったな。

”こんな街から逃げ出したい”? なんだ、この青臭い台詞は。お前は尾崎豊か。浜田省吾か。今時、こんな激甘な台詞を吐くとはな。恥ずかしくはないのか、恥ずかしくは。

 


 三日後、早朝。
 おはようございます。来てくれてありがとうございます。この時間はまだ車とかが少ないんで、いいですよね。
 ルールってルールはないです。20号使って早く着いたほうが勝ちで。そのほかは自己責任にしましょう。
 あ、はい。いつでもいいですよ。じゃ、この信号の五回目の青でスタートしましょうか。それじゃ。

 

 

お題:「東京」「冷水」「レース」

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