Mさん

”ホチキスは、No.10の針が2セット、100発入りが一番使いやすい。紙を留める時にかけるトルクが絶妙だと思う。50発では短すぎて余計な力が必要になる。かといって100発以上になってくると、本体がたわんでしまう気がする。結果、力が入らない。さらに、留め跡が平らになるフラットクリンチであれば、言うことはない。紙を閉じるときに指先に感じるトルク感と、ガシャン、というメカニカルノイズが、単なる事務作業を恍惚へと誘う。……”

「何読んでるんですか?」
 私の手元にある冊子を覗き込みながら、Mさんが尋ねる。
「こだわりの逸品特集。けっこう面白いよ」
 冊子から目を離さずに答える。
「それに、取り上げてるのが、高価なものじゃないところがいいね。普段使っているようなものばかりだよ」
 相変わらず不思議な趣味ですね、とあいまいな笑みを浮かべるMさん。
「でもそういうの、悪くないと思いますよ」

 そういえば、とMさん。
「先輩の作るツールも、なんか変わった名前を付けてますよね。ほら、でーた、す、すきゃな? でしたっけ?」
「データスキナー。データの余計な部分を削るやつだね。そんなに凝ってる?」
「凝ってますよ。普通ならデータ抽出ツールとかそんな名前じゃないですか。なんですか、スキナーって」

「皮を剝ぐ、とかそんな感じです。仕留めた獲物の皮を剝ぐの。
データの要らないところを剥いで、必要なところだけにする。だからスキナー」

 Mさん、明らかに引いた、とは見えない。むしろ喰いついてきた。
「すごい、猟師さんみたいですね」
「せめてハンターと呼んでくれないかな」

 Mさんはとても人懐っこい。人づきあいが苦手な私には、距離感がつかめない人だ。そっけない返事をしているが、実はかなり緊張をしている。理由は簡単。Mさんはとても可愛いのだ。仕事上での同僚で、単なる雑談なのはわかっているのだが、平常を保つのが大変なのだ。

「あの、」 と、Mさん。
「今度高尾山に行くんですけど、一緒に行きませんか?」

 え? え?

「あ、友だちも一緒ですよ。ダメですよ、勘違いしちゃ」
「ああ、だよねぇ。そりゃそうだ」

 Mさんが耳元で囁く。
「……先輩にぴったりの人がいますから」

 Mさんはそういう無邪気な女の子なのだ。

 

 

 

お題:「ホッチキス」「山」「皮」

https://3dai-yokai.tumblr.com/first