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Japanese Blues

 まんま演歌だよな、と思う。繁華街から外れた小さな居酒屋で、今こうしてコップ酒を呷っている自分自身を思うと、可笑しくなってくる。ついさっきまで一緒にいた女、こう呼んでも今日は許してくれるよな、は、さっき逃げるように帰っていった。泣いていたのか。どうだろうか。泣かれても困るけどな。

 今日、初めて力任せに女の頬を叩いた。いま自分が置かれている立場を飲み込むのに時間がかかったせいだと思う。子供ができた、というので、二人で検査に行った帰りだ。子供の血液型が分かった。O型だ。おれは、AB型。

 女から、いくつかの弁明はあった。が、何一つ耳になんて入ってこない。そりゃあそうだろう。こんな状況で相手を思いやれって? 出来るか、そんなこと。思いつく限りの言葉で罵倒してやりたい気持ちをかろうじて抑えているだけ、今すぐ相手の男の所へ行って元の顔の形が分からなくなるほどそいつをぶん殴ってやりたい衝動を抑えているだけ、おれのことを褒めてもらいたいくらいだ。

 コップの日本酒をぐい、と呷る。喉をかぁっと熱くして、胃の腑に落ちる。酔うどころか、今日はより一層冴えてくる。
 不意に目の前に、一人前の御造りが出てきた。
「あたしからのサービスですよ」
 カウンター向こうにいる大将が不愛想に続ける。
「明日、話だけでも聞いてやったほうがいいですよ。あちらさんにはあちらさんの事情もあるでしょうから」
 大将は、ああ、差し出がましくてすいません、と言い残して、持ち場に戻った。
 まあそうだよな。どうであれ、今後のことも話さなくてはいけないしな。少し冷静になったか。とりあえず何を話していいのか整理がついていない。口を割って出た言葉はよりによって。
「大将、ここは有線じゃないんだね」
「ええ、ラジオのほうが何が出てくるかわかんなくて好きなんですよ」
「何が出てくるかわかんないのは、ラジオだけにしてほしいね」
 ああ、自嘲。誰も笑えねぇよ。

 AMラジオから、吉幾三の「酔歌」が流れてくる。客の一人が呟く。
「こりゃ演歌じゃないね。ブルースだ」

 

「お愛想。帰るよ」
「へい、お気をつけて」

 表に出れば、歌の通りだ。
 雨からみぞれ、みぞれから雪に変わり、降り積もっていく。
 歌と少し違うのは。女が表で待っていたこと。



お題:「ラジオ」「日本酒」「AB型」

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