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背徳、悦楽

 この屋敷の中庭には、プールがある。ただし、中庭へのアクセスはそう簡単ではない。いくつかの部屋を通り過ぎ、からくり仕掛けの扉を抜けて、ようやくたどり着くことができる。つまりは誰にも来てほしくないわけだ。そんなところに、僕は偶然だが辿り着いてしまったのだ。


 プールの端に、人影が見えた。胸の双丘、チェロを思わせる線対称の曲線、美しく束ねられた黒髪。息を呑むほど美しい姿だ。ただ一つ違ったのは、その体、顔のすべてに至るまで鱗に覆われていることだ。人魚? かと思ったが、下半身は魚のそれではなく。ましてや上半身は先に述べた通り。彼女(?)はゆっくりとこちらへ向き直って、こちらの方をしげしげと眺めていた。そしてまた、ぷいと横を向いてしまった。

 後ろで人の気配がした。慌てて空き部屋を探しその中に身を隠した。

 二人の男、軍人と学者風情がやってきて、彼女(?)に近づいた。その鱗で覆われた体をなめるように見まわし、ふたりともにやりと笑った。そして手を伸ばして、鱗を一枚づつ、剝ぎ取った。彼女(?)は苦痛の表情を浮かべる。2人の男は、剥ぎ取った鱗を口に運び、何やら食しているようだ。愉悦の表情を浮かべる二人。さらに手を伸ばし、鱗を剥ぎ、口に運ぶ。そのたびに苦悶の表情を浮かべる彼女(?)。その苦悶の表情に、僕は言いようのない興奮を覚えていた。
 互いに10枚づつも剥いでは口に運び、満足をしたように二人の男は中庭から出て行った。僕はと言えば、彼女(?)に対する哀れみではなく、高揚感に包まれていた。そう、性的な興奮を覚えていた。僕は彼女、もう彼女でいいだろう、の元へ近づいて行った。
 少し怯えて僕を見る彼女に、僕はさらに興奮を覚えていた。そして彼女の体を、あの男たちと同じように、舐めるように見まわした。男たちに剝がれた鱗の跡から、澄んだ体液が脈打つように、どく、どくと溢れ出ている。僕はその体液に口を近づけた。
 旨い。わずかな塩の味を感じはするが、旨い。背徳感がさらに僕の興奮を高めた。。

 

 彼女は、旨いんだ。

 

 鱗を一枚、剥ぐ。先ほどは分からなかったが、鱗の付け根にゼラチン質の塊がついている。これを口に運び、歯でこそいで味わう。旨い。性的興奮を伴う旨さなんて、今までに味わったことなどない。置屋で味わうひと時の快楽など、どうでもよくなる。
 終始、彼女は怯えている。その様がさらに劣情を煽り立てる。今度は少し強めに鱗を一枚引きちぎった。が、少し様子が変だ。透き通った体液ではなく、緑色、そう、澱んだ沼のような深緑の液体が流れだしてきた。慌てて彼女の顔を見る。

 

 今までに見たことのない笑み。そう、僕に対する蔑みの笑みだ。僕は何となく感じている。彼女は、死ぬ。そしてこの中庭から解放される。とその時、僕の後頭部に固いものが当たる。銃口だ。さっきの軍人が戻ってきていた。銃床で思い切り頬げたを殴られ、そのまま屋敷の中を引きずられるようにして、表へと放り出された。そして、腹を思い切り蹴り上げられた。までは覚えている。

 

 気が付いたら目の前は真っ暗だ。布袋を被せられているようだ。後ろ手に縛られ、正座をするように座っている。首に何か、ずしりとするものが乗せられている。ガソリン臭い。ああ、タイヤにガソリンを入れてあるのだ。ネックレス、というやつだ。このまま処刑されるのだな。

 

 でも、後悔はない。あれほどの悦楽を味わってしまったのだ。その代償に、死は十分すぎる対価だ。

 


お題:「鱗」「タイヤ」「プール」

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