30年目のデート

 今度の日曜にちょっとドライブに行かないか、と切り出したのは隆の方からだった。そうなった場合にただ一人、家に残る予定の高校生の次男は、あまり関心も持たずにただ、行ってくれば、とだけ返した。まあ、この年頃なら両親が留守のほうが羽を伸ばせていいだろう。あわよくば彼女くらい家に呼べるかもしれない。

 日曜日の朝、千鶴を助手席に乗せて車を走らせる。ここ最近の二人のまま、道中あまり言葉は交わさない。冷めてる? そうかもしれないな、と隆は思った。だから、このドライブに来たんだ。
 県を一つまたいだ、あまり大きくない町の中学校に車を停めた。正門の左側に三本の桜が、昔と変わらず生えている。ただ、今日はまだ桜の花には早すぎる。

「校内には入れないから、正門の前でいいかな」
 隆は桜の木を見つめながら独り言。
「ドライブっていうからどこか観光でもするのかと思ってた。ここ、私たちの出身校じゃない。なんでここなの?」
 千鶴は少し不満そうに隆の方を見つめずに少し目を逸らしている。

「30年だね」
「え?」
「この桜の木の下で、僕が君にプロポーズしてから」

 覚えてたの、と千鶴は目を丸くして隆を見た。少し意外な言葉が彼の口から出たのを、まだ受け止めきれない。隆は言葉を続けた。
「君はもう、冷めたと思っていただろうね。いつもの生活に追われて、いつもの生活を守るのに二人とも必死だからね」
 結婚するって大変だな、と隆は小さく笑った。そして、千鶴を手招きして呼んだ。隆はポケットを探りキャラメルの箱を取り出して、そこからひとつ、千鶴に手渡した。

「これ……」
「そう、あの時と同じだろう? 君と一緒に食べたキャラメルだよ」
「あれ、グリコのやつじゃなかった?」
「いいや、森永のだよ。間違いない」

 千鶴は目に涙を溜めながら笑っていた。その顔を見て、ああ、あの頃みたいだな、と隆は心の中で思っていた。僕はこの笑顔が好きだったんだ。この笑顔をずっと見ていたいと思っていたんだ。隆は力強く千鶴を抱きしめた。少しだけ拒否の力強さを感じたが、それは驚きからであって、すぐになくなった。

「君は幸せかい?」
「幸せじゃないように見える?」
「いいや、と己惚れておく」
「子供を二人も授かって、とっても幸せです」
「今でも君が、大好きだ。これだけは本当だ。
 改めてプロポーズするよ。これからも、僕と一緒にいてほしい」
「うん」
「これから、もうちょっと二人で笑い合える時間を作ろう」
「……うん」
「明日からまた、よろしくお願いします」
「はい!」

 明日から、少しだけでいいから笑顔が増えた家庭になるといい、と隆は思っている。
 明日から、無理やり作った偽物の笑顔じゃなくて、心の底からの笑顔が増えるといい、と千鶴は思っている。

「今度は、桜が咲くころに子供たちと一緒に来よう」
「そうね。……彼女がいたら来てくれないよ」
「彼女も一緒に連れてくればいいさ」
 千鶴は、隆の脇を軽く小突いた。

 


お題:「桜」「キャラメル」「偽物」


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