桜桃、或いは未練

 彼女が別れ話を切り出したのは、どこかちぐはぐなセックスを終えたところで、だった。嫌いになったわけじゃない、あなたより好きな人ができただけなの。どこにでも転がっている台詞だ。


 最後だから、もう一度だけしましょう、互いを忘れられなくなるような愛を交わしましょう、と彼女。そんな愛は交わせないことはわかっている。君の心はもう離れてるじゃないか。冷凍庫から角氷を取り出し、グラスに放り込み、水を注ぐ。溶けきる前には終わるだろう。


 二度目は、ただの性交。愛していたはずの女性が同じベッドにいるはずなのだが、今、俺の下にいるのが誰なのかなかなか理解ができない。全く知らない他人のようだ。


 いつもより激しく、ではなく、ただ乱暴な愛撫と、自慰の延長でしかない挿入。紳士として淑女に対する礼儀? 美徳? そんなものはクソ喰らえだ。ただのオスとメスじゃないか、と心の中で悪態をつきながら、激しく腰を打ち付ける。やがて生理的に迎える絶頂と射精、そして虚しさ。


 必要な言葉以外交わすこともなく、身支度を整え、表へ出る。道すがらのスーパーマーケットに入り、彼女はさくらんぼの小さなパックをひとつ、買う。枝の繋がったのを取り出して、ひとつだけ口に入れ、もうひとつを俺に差し出す。それを持て余しているうちに大きな駅が近づく。夜も深いというのに人の波がふたりを包む。


 彼女は、地下鉄の駅へと、振り返ることもなく階段を下っていく。


 俺は持て余していたさくらんぼを、高く放り上げる。

 

 放物線を描き落下する桜桃、そして雑踏に噛み砕かれていく。

 



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Including
〈 冷凍 〉
さくらんぼ 〉
〈 美徳 〉
〈 雑踏 〉