疾る -はしる-


 コーナーの入り口で少しハード目にブレーキングをして、マシンを倒し込んでいく。クロモリ鋼のダブルクレードル・フレームは、その身をわずかに捩るようにして、コーナーを駆け抜ける。その様は、愛撫に応える様にも似て官能的だ。こいつとなら、堕ちて行ってもいい、堕落の道へと進んでもいいとさえ思える。まあ、相手は二輪車なんだが。

 

 決して限界近くまで追い込まない。誰よりも速く、なんてのはガラじゃない。誰よりも楽しく、そう誰よりも。コーナーを駆け抜ける度に絶頂を迎えるかのような愉悦、それだけは誰にも譲れない。

 

 この、ほんのわずかに残された旧国道。いまとなってはこんなとこに走りに来る同好の士もめっきり減ってしまって、平日であれば貸し切りも同然だ。電気自動車・自動運転が大半となってしまった今では、この旧国道は忘れ去られようとしている。行先まで自分で辿り着こう、なんて酔狂は居なくなっていくんだろう。
 対向から一台、軽やかにコーナーを駆け抜けてくる、大昔のレーサーレプリカ。どんな人が乗っているんだろう、まあ、誰でもいいさ、同志よ。

 

 私は拳を突き出し、彼はピースサインで其れに応えた。


nina_three_word.

Including
〈 フレーム 〉
〈 堕落 〉