Rouge

 シンプルな3ピースバンドが、
 シンプルなブルース進行で演奏を始める。
 それに重なる、囁くような彼女の歌声。
 決して美しい声ではないが
 聴いている者たちはみな心を奪われていた。
 
 僕はただ、少し昔のことを思い出していた。
 雨に打たれインクの滲んだ便箋のように、
 輪郭さえもはっきりしない昔の思い出。
 僕は雨に打たれていた。
 彼女と別れ、打ちひしがれていた。
 
 そのままどこかのバーに入ったんだろうか。
 何か強い酒が欲しかったのか。
 銘柄は何だったんだろう、もう忘れたが、
 何かバーボンをショットで
 それで喉を焼いていた。
 
 ”天国のレミーに!”
 
 遠い席で声がした。
 ジャック&コークを高く掲げ
 そして一気に呷る男がいた。
 誰だ、レミーって。
 
 ”もう、今は亡きロックスターよ”
 
 耳元で女の囁く声がした。
 いつの間にか
 黒いタイトなサテンのドレスに身を包んだ女が
 僕の隣に座っていた。
 そして、僕の口にその紅い唇を重ねた。
 
 彼女はケタケタと笑い、
 魔よけのおまじない、と言った。
 
 そして言葉が啓示のように降りてきた。
 人生はシンプルだ。
 余計なことは削ぎ落して考えるんだ。
 オッカムの剃刀だよ!
 
 今となっては、
 どこまでが本当で
 どこまでが幻想かもわからない。
 
 ただ、言葉はきっと真実だ。
 人生は、シンプルだ。
 
 演奏が終わり、僕の意識もこのライヴハウスに戻った。
 スタンディングオベーションが渦巻く中、
 ステージの真ん中で微笑む彼女の
 紅い唇に目を奪われていた。



nina_three_word.

Including
〈 滲み 〉
〈 囁き 〉
〈 重なり 〉