秋桜

「今日は月が綺麗だからね」


 彼はただ一言そう言って、里山里山の合間、民家の明かりも見えない谷津の奥に車を停めてから、私の手を引いて歩き始めた。月明かりが踏み分け道を照らしているけど、それも次第に木々の影となり、懐中電灯の明かりだけを頼りに、だんだんと奥へ奥へと向かっていく。梅雨の合間。ぬかるんだ道。不安。こんな足元も覚束ないようなところへ連れてくるなんてなにを考えているんだろう。歩き始めてから彼は一言も喋ろうとはしない。不安。確かに最近、二人の仲はうまくいっていないような気がする。私は疲れからか、彼のすることがいちいち癪に触っていて、彼はそんな私の態度を見ると、急に押し黙るようになった。昨日に至っては、彼は私と一言も口を利いていない。何か思いつめた感じすらある。ずっと自分のPCに向かい合っている。

 


 不意に彼が立ち止まる。それにぶつかりそうになる。
 目の前に広がる一面の、季節外れの秋桜
 月明かりの下、鮮やかではないが銀色に輝き、吹き渡る風に優しく波を打つ。

 その幻想的な風景に、息を呑む。

 


 この景色を見せたかったんだ。

 もう少しここで秋桜を見て居よう。
 なぜこの時期に秋桜が咲くかって?
 本当は人の心の闇を吸って花が咲くんだ。昔、妻の浮気を疑った男が、実家から帰る妻をここで縊り殺して躯を埋めたんだってさ。それがちょうど今の時期で、それからというものの、妻の好きだった秋桜が一面に狂い咲くんだってさ。旦那はどうなったかって? 妻の躯を埋めた後、ここで自害したって。妻の躯と旦那の血、この二つが花を咲かせているんだね、きっと、そういうことなんだよ。

 

 

 それじゃ、そろそろ。

 



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〈 狂い咲き 〉