遺構

こちらです。足元に気を付けてください」
 道案内のハッサンに導かれて通された小さな部屋は白い大理石が敷き詰められていたが、ただ2か所だけ黒の大きな御影石となって、そこにこの部屋の主が眠っていることを暗示していた。一枚の御影石の元にはほぼ等身大と思われる彫像があり、慈しみの表情を浮かべているように見える。その表情は神々しく、何人も汚すことができない、そういった雰囲気をたたえていた。
詩編の通りだ。間違いない、ここがそうだよ」
 私は興奮を隠しきれず、ひとり呟く。
「本当に詩編の通りだとしたら、」
 相棒のロバートソンが、あまり関心もなさそうに話しかける。
「財宝の類は当てにできないね。なにせ、王は『財産のなにもいらないと』民の命乞いをしたんだからね」
「そうなるね。だがこれで、この辺りに当時の宮殿かそれに類する遺構が眠っている可能性が出てきた。それだけでも価値があると思わないか?」
「ふん。僕にとっての関心事は、この調査が割に合うかどうか、だけだよ。今のところ大赤字だ。スポンサーになんて説明しようか頭が痛いよ」
 ロバートソンの言うことも分かる。しかし私はこの発見の興奮に既に我を忘れていた。
「この彫像だけでも持って帰れば、スポンサーに申し訳が立つだろう。それで次の大規模調査への渡りをつけられないかな」
「おいおい、これを持ち出すつもりか? 『盗人さえも持ち去ることをためらった』んだぞ?」
「考古学的見地からも美術的見地からも、これは人類の財産とすべきだよ。それにこれは我々の成果物だ。持って帰ろう」

「やはりそういうことですか。像を持ち出すつもりであるなら、案内はここまでです」
 部屋の入り口に立っていたハッサンが、低いがよく通る声で言った。
「私はこれで戻ります。それでは。……そうそう、ここは試練の部屋と呼ばれています。我々とて、神聖なる王の住処にいきなり客人を通すようなことはしませんよ。それと、そこのそれ、彫像だとお思いですか?」
 おい、と私たちが声をかける隙も許さず、ハッサンは素早く部屋を出、重い石の扉を閉ざした。
 私たちのいるこの小さな部屋を闇が支配する。
「おい、ハッサン! 冗談はやめてここを開けたまえ!」
「ハッサン! おい! 早く開けるんだ!」
 私たちは口々に叫んだが、扉の向こうに届いている保証もない気がした。恐らくハッサンはもうこの場にはいないだろう。であればすることは、この扉を開けることだが、扉はあまりに重く、動く気配もない(ハッサンはどうやって閉めたのだろう?)。汗が滝のように流れる。決して暑いからだけではない。

 ……ぴし、……ぱき

彫像のあるであろう方向から何かが割れるような音が響く。灯りを、何か灯りをと、衣服を弄りオイルライターを探す。がその時、くぐもった悲鳴のような声が響く。声の主はロバートソンだ。やっとのことで見つけたライターに、数回しくじりながらも火を燈す。薄暗い灯りが照らし出したもの。彫像、いや彫像と思われたものが縦に裂け、何かが這い出たかのような粘液の跡。あたかもそれは、羽化を迎えた後の蛹の如くに。その先に、ロバートソン。が、彼の顔はすでに土気色をして、理不尽な恐怖を顔に張り付けている。
 と、その時不意に首筋に焼けた釘を突き刺されるような痛みを感じた。そしてそのまま意識が薄れていく……。



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Including
〈 道案内 〉
〈 羽化 〉
〈 汗 〉

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