疾る -はしる- その2

「……なんだかね、いるんだかいないんだか分らないんですよね」
「……振った仕事はきっちりやってくれてるんだけどね」
「……でもそれ以上でも以下でもないんだよな」
「……飲み会誘っても来たためしないし」
「……なんかぼんやりしてるよね、いろいろと」
 会社の同僚はいろいろ言っているが、なんで彼が飲み会に来ないのかを知っている。毎夜毎夜、バイクで走りに行っているのだ。それもただのツーリングじゃない。


 彼を二度見かけたことがある。

 

 一度目は夜の第三京浜、保土谷のパーキングエリアで。最初は見間違いかと思った。会社での彼しか知らないので、まさか、今目の前で黒のレーシングスーツに身を包んでコーヒーを飲んでいる人が同一人物だとは気が付かなかった。声を掛けようかとも思ったんだが、そんな雰囲気ではない。
 見ていると、先ほどから大声で自らのバイク自慢をしている男の方へ近寄って行って、何やら話し始めた。不穏な空気であるのは、自慢男の顔色で一目瞭然だった。明らかに怒りの色が浮かんでいた。そして彼が親指で一台のバイクを指したとき、自慢男の顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。指した先にあったのは、あまりに武骨な年代物の一台。それはバイクに詳しくない私でもわかる。
 しばらくすると、自慢男と彼がそれぞれのバイクに跨り、パーキングエリアを出ていった。バトルを吹っかけたんだ、あの人が! 同僚たちの吹聴した先入観なんて、すべて吹き飛んだ瞬間だった。

 

 二度目は、所用で盛岡に行ったとき。少し時間があったので、美味しい珈琲が飲めるという評判の喫茶店へ出向いていった。店に入ると、あの第三京浜で見かけた黒のレーシングスーツがカウンターに座って珈琲を飲んでいたのだ。心臓が止まる思いがした。なんでこんなところにいるんだ?
「こんにちは、どうしたんですか?」
 さすがに話しかけずにはいられなかった。レーシングスーツ、ってことはバイクで来たんだよな。まさかこの格好で新幹線に乗ってくるわけは。
「よう、君か。珍しいところで会うな」
 彼はちょっと照れくさそうに挨拶をし、そして続けた。
「ここの珈琲が美味しいっていうからさ、飲みに来たんだ」
「いやちょっと待ってください、その恰好、バイクで来たんですか?」
「うん? よく分かったね。会社では内緒にしてたんだけど」
 いやさすがに分かりますって。
 それから私は、堰を切ったように先日の第三京浜で見かけたことを話し始めた。その姿があまりに意外だったことも含めて。そして、気になっていることを聞いた。
「あの日、あいつに勝ったんですか?」
 彼は、ただ満面の笑みを浮かべた。

「ご馳走様、コーヒー美味しかったよ」
 とだけ店の人に残して彼は店を後にした。これから帰る、って。今は日曜の午後3時、盛岡から東京まで500㎞ちょっと。え? ……とんでもない人だ。


 そして会社では、いつもの彼だ。昼行燈よろしく、いるのかいないのか分からない。私は彼の所へそっと近寄って行って、一枚の写真を彼の机に置いた。写真には一台のバイク。中古。不人気。おかげで安かった。このために免許も取った。そして一文加えた。

”買いました。今度走りに行きましょう”

 彼はその写真を表情一つ変えずに眺め、裏にボールペンで走り書きをした。

”ようこそ、こちら側へ!”

 


nina_three_word.

Including
〈 昼行灯 〉
〈 先入観 〉

〈 無骨 〉

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