2. Exiles

「お待たせしました、私は移民局のマシュー・テイラーと言います。あなたの担当になりました。どうぞ気軽にテイラー、と呼んでください。

「これから難民申請の手続きを行うにあたって、いくつか伺っていきます。まずはここに至るまでの経緯を聞かせてくれますか」

 

 爆弾が、落ちてきたんです。いくつも、いくつも。街の人たちがあちこちに逃げ回りました。誰が爆弾を落としていったのか、全くわかりませんでした。

 それから、毎日のように、爆弾が落ちてきました。どの建物も、安全ではありませんでした。

 いつか止むと思っていたんです。私たちは街で一番丈夫な建物の中で待ちました。

 でもそこですら安全ではなかったんです。なにか強い爆弾が当たったんだ、と誰かが言いました。建物は崩れてしまいました。母さんはその建物の下です。もう掘り出すこともできないほどの瓦礫でした。

 誰かが、軍がここへ向かっている、と言ってました。助けにきてくれたんだと思いました。

 父さんがぼくと弟に、今すぐこの街から逃げなさい、と言いました。なんのことだか分かりませんでした。軍の人たちが助けにきてくれているのに。なんで逃げるのと聞いたら、あの軍人たちはこの街の人を捕まえに来た、お前たちは何も知らないでいいから、とにかく逃げなさい、となりの国まで行くんだ、と言って、ぼくたちを兵隊の来ない街はずれまで連れて行ってくれました。

 

 それから、ぼくたちは逃げていったんです。

 ……ここから先はあまり話したくありません。ぼくは弟を守るためならどんなことだって我慢をしたんです……。

 でも弟は途中、頼った人に連れていかれてしまいました。そしてぼくだけがここまでたどり着いて、ねえ、弟はここに来ていないですか? 教えてください。

 

「話してくれてありがとう。つらい話をさせてしまいましたね。

 でももう大丈夫です。あなたは自由だ、自由になれたんですよ」

 

 ……自由、ってなんですか? 街の人たちが言っていた、民主化、ってなんですか?

 ぼくはただいつも通りに、父と母と、弟たちと暮らしていきたかっただけなんです。アザーンの呼びかけで礼拝に行き、それから、いつか自分の店を持つために料理人としての修行、終わったら家に戻って家族揃っての食事。ただそんな毎日を過ごしていきたかっただけなんです。

 

「……そうか、そうだよね。

そうだ、この紙を落とさなかったかい? これは、……何かのメモ?」

 

 はい。母さんが書いてくれた、ピラウの作り方です。でももうこのメモがなくても大丈夫なんです。すっかり覚えてしまいました。

子羊の肉と香辛料、刻んだタマネギ。一掴みのレーズン。ほんの少しの塩。あとは、サフラン。これだけは忘れちゃダメ

 でもこれは、母さんが残してくれたものだから、すみません、返してもらってもいいですか?

 

「もちろんだよ。

最後になってしまったけれど、君の名前を教えてくれますか?」

 

名前は、カマル。

 

ぼくの名前は、カマルです。