発車のベル
東京駅の12番ホームと13番ホームは、西へ向かう寝台特急が発着するところで、鉄道が好きだった(いや今でも好きだよ?)僕にとっては特別な場所だった。
列車の中に食堂がある、途中で切り離して別の行き先に向かう、24時間以上かけて西鹿児島駅まで走る列車がある……。こんな非日常、心ときめかないか?
非日常には、それにふさわしい舞台がある。出発まで静かに佇む深い青の車体、隣のホームに滑り込む通勤電車の慌ただしさとは時間の流れが明らかに違う空間。
そして発車の時間が迫る。
発車ベルの音が、けたゝましく、長く鳴り響く。
何か忘れものはありませんか?
やり残したことはありませんか?
大切な人とのお別れは済みましたか?
ベルの最後の一打ちの余韻のあと電気機関車が動き出し、先頭車両から順々に連結器が音を立てて、ホームからゆっくりと滑り出していく。
遠い、まだ見ぬはるか西の地を夢見て、子供だった僕は夜行列車を見送っていた。長い旅路には、けたたましいまでの発車ベルが似合うのだ。
もう東京駅には、12番ホームも13番ホームも無い。
客車式の夜行列車の発着も無い。
今の東京駅には、北へ向かう新幹線と西へ向かう新幹線が、ひっきりなしに発着をする。電子音の発車メロディとともに。
それでいいんだろう。あのスマートな車体に、無骨なベルの音は似合わない。
ただ時折、ふと寂しくなるのだ。
西へ行く新幹線よ、お前は本当にあの夜行列車と同じ街へ向かうのかい?
何処かで、長く、長く、ベルの音は響いていないだろうか。
東京