かむろ坂
中古で買った軽自動車のワンボックスに彼女を乗せて、僕は山手通りを南に下っている。商用の軽自動車だからシートはガチガチで、装備も辛うじてラジオがあるくらい。エアコンがついているだけマシ、というものだ。仕方がない、これが一番安かったんだから。まあ、今日の陽気ならエアコンの活躍する場はないけれども。
彼女はずっと、窓の外を眺めている。僕の方も、これといって話しかける事もない。ここ最近、こんな調子が続いてる。鈍感な僕だって、さすがに気付く。ああ、そろそろ終わるんだなって。
だから、だからあえて今日、ドライブに誘ったんだ。お別れするなら、春の今のうちがいい。
「まだ着かないの?」
彼女が苛だたしそうに口を開く。
「大鳥神社を過ぎたから、もうすぐ着くよ」
歩道には、目黒川の桜を見に来た人たちが結構な数出ている。でも、花筏にはまだ早い。
「ここまで来たから、桜を見に来たのかと思った」
当てが外れた様に彼女は呟く。
僕は曖昧な表情で、オンボロ軽自動車を走らせる。
「桜を見に来たんだよ」
目黒駅を少し過ぎたあたりの丁字路、かむろ坂を右折する車線へ。前の車に付いて、右へと曲がる。
道に入った途端に、僕らは桜のトンネルを目の当たりにする。ちょうど満開、ソメイヨシノは道路の両脇から枝を伸ばして、道路を覆う様にしている。その中をゆっくりと、僕は車を走らせる。
そして桜のトンネルが一番賑やかなあたりで路肩に車を止めた。
「せっかくだから、ちょっと降りないか?」
そうね、とだけ言って彼女は車から降り、頭上の桜を見上げる。僕らはガードレールに腰をかける様にして寄りかかり、しばしの間桜を見上げていた。
「たぶん、ここが一番綺麗に見えると思うんだ」
彼女は何も言わないで、桜を見上げている。風は時折強く吹き、舞う花びらで僕らの目を眩ませる。
「目黒の駅まで送ろうか?」
「……ううん、歩く。乗っちゃいけない気がする」
僕もそう思う。乗せちゃいけない。終わりの舞台は僕が選んだんだ。
「それじゃ」
「じゃあね」
彼女が坂を下り、行き交う人の流れにその姿が飲まれるのを見送ってから、僕の軽自動車は坂を登っていった。
目黒