相棒

 目白の駅まで来い、って一体なんだってんだよまったく。今日は雨になるっていうからあんまり出かけたくないんだけど。どうしても頼みたいことってなんだよ、そういうのは勿体つけないで先に言ってほしいよな。

 改札を出て右手、いつもの待ち合わせ場所にヤツは先に着いていて、どんよりとした空をぼうっと見上げていた。側にはヤツのバイク。出会った時から乗ってるバイク。こいつが動かなくなるまで乗り続けるんだ、なんて言ってたな。

「ああ、来てくれたんだ、ありがとう。……ちょっとさ、大事な話があってさ、そこの喫茶店で話そう」

 何か思い詰めてるのか、ヤツはいつもと様子が違う。とりあえずは駅の隣にあるホテルのカフェで話をすることにした。

「あのさ、言いづらいんだけどな。……バイク、降りることにしたんだ」

 へ? あれだけ乗り続ける、って言ってたのに? 他人にまでバイクはいいぞ、お前も免許を取れって言ってたのに? 

「うん、なんかごめん。本当にごめん。免許まで取らせたのにな」

 まったくだよ、人のことを巻き込んでおいて。いち抜けた、ってなんだよそれ。

「で、お願いがあるんだ。これのことなんだけど」

 目の前にバイクのキーを差し出してどうしたんだ、人の言うことを聞いているのかおい。

「こいつにな、乗ってやってほしいんだ。引き取ってもらおうと思ったんだけど、流石にそれには忍びない。思い入れが強すぎるんだな。で、お前に乗ってもらいたいと思った。いや是非乗って欲しい。お願いします」

 なんだよ、何もかも勝手に決めて。ふざけんなよ、そんな言い方されたら断れないじゃないかよ。なんだよそれ。

「ヘルメットは、これ、プレゼントするよ。新品だから安心して」

 なんだよこんな派手なの。センス無いんじゃないの、……いや悔しいけど俺より遥かにセンスがいい……。

 

 ちょっと長めの沈黙を挟んで、ヤツのスマホが振動し、メッセージの受信を告げる。二三のやり取りの後、口を開いた。

「迎えが到着するみたいだから、そろそろ行くわ。どうする?」

 迎え? なんだそれ。

 表に出ると目白通り、右手の学習院の木立を切り裂くように? 一台の真っ赤な軽自動車がやってきた。その軽の助手席にヤツは滑り込んだ。

 運転席には、言ってはなんだが冴えない男。それと楽しそうに話すヤツ、彼女。そうかそっちを取ったってわけか。

 挨拶もそこそこに、赤い軽は目白通りを練馬方面へ走り去っていった。後には、彼女の愛車だったバイクが、いつの間にか降り出した梅雨どきの柔らかな雨に打たれていた。

 お互いに捨てられちまったな、あいつは薄情だよなぁ。

 キーを差し込んで右に捻る。ケッチン喰らうならそれでもいいや、一気にキックペダルを踏み込むと、俺の相棒は悲しみに満ちた咆哮を上げた。

 

これからよろしくな。

 

 

目白