北へ向かう列車

 深夜。

 私は、田端駅のホームで山手線を待っていた。

 この駅の隣には、車輌基地がある。現在は、はやぶさやこまち、つばさなど北へ向かう新幹線が並んでいるのだが。

 我が目を疑った。目の前に並ぶのは、昔見慣れた青い車輌。ブルートレインというやつだ。それとそれらを牽引する、紅い電気機関車たち。一昔前の車両たちが、目の前に並んでいた。

 今は、平成も終わろうとしているよな、疲れているのか俺は。だが待てよ。今は深夜だ、何故この時間に夜行列車であるブルートレインたちが並んでいる?本来なら北へ向けて走っていなければならないのでは?

 すでに頭の中は混乱をしていた。

 

 視線を遮るように、大宮方面行きの京浜東北線ホームに古めかしい客車が入線してきた。葡萄色に塗られ、威風堂々とした風体の電気機関車EF58、そして同じく葡萄色の、リベットの目立つ客車。白熱灯が灯る車内には幾人かの乗客の影が見える。

 いつの間にか私の脇に、駅員が立っていた。しかしその制服は古めかしい。駅員はしたり顔で言った。

「お乗りになりますか?」

 薄気味が悪い。誰が乗るものか、こんな得体の知れない列車。

 しかし待てよ。ひょっとしたらこれは、所謂イベント列車というやつではないのか。車輌区に残った旧車輌で走る特別列車。……こんな深夜に? 寝台車輌でもないのに。

「この列車は、北へ向かいます」

 駅員は告げた。

「北のどこまで行くんですか。青森? 秋田?」

「北、です。目的地は乗った方次第です。北の果てでも、何処へでも。

 ここは分岐点です。北へ向かうなら、迷わずにこの列車にお乗りなさい。今までの日常が良いのなら、……何も変わらない、変わっていくものをただ傍観するつもりなら……山手線をお待ちください」

 駅員は慇懃に、挑発的なことを私にぶつけた。改めて駅員を見る。ニヤリと笑ったような口元。だが鼻から上、目元のあたりまでは一切印象に残らない顔だ。それは決して彼が制帽を目深に被っているからだけではない。

 

 やがて、発車を告げるベルが鳴った。

 北か。悪くはない。いっそ全てをかなぐり捨てて飛び乗ってしまうか。十分に悩むといい、とでも言うように、長く、長く鳴り続けた。

 

 ベルが鳴り止み、古ぼけた客車はゆるゆると、音も無く滑り出す。そして闇の中へと溶けていく。

 

 私は、田端駅のホームで変わらぬ日常を待っていた。

 

 

田端