「真景 累ヶ淵」を読む  陸・お久と新吉

主な登場人物

  • 新吉    : 煙草屋の惣吉の甥。豊志賀の若い燕。
  • 久     : 羽生屋の娘。豊志賀の弟子。
  • 甚蔵    : 羽生村の悪党。
  • 豊志賀   : 冨本節の師匠。死亡。

 

あらすじ

  豊志賀の葬儀も済み、新吉は豊志賀への負い目からかあの書き置きのせいか、日があれば墓参をしている。ある日そこへ偶々お久と出会う。その顔を見ると以前と変わらぬ可愛らしい顔で痣の一つも見えない。

 お久は、あれからも継母が辛く当たり、最近では打擲されるので耐えきれない、もう下総の親族のところへ逃げ出そうかと思っていると。新吉、それでは私と一緒に逃げようと墓からそのまま下総国羽生村へ向かう。途中松戸で宿を取り、水海道を経て渡しで川を渡り土手を進むうちに夜の闇。ちょうど「累ケ淵」の辺りに差し掛かる。

 深い夜の闇、振りだした雨。いつの間にやら雷鳴も鳴り響く。どうした拍子かお久は足を取られ土手から転げ落ち、偶々落ちていた草刈鎌で足を切ってしまう。大丈夫か歩けるかと新吉。怪我のところを手拭いで縛り、肩を貸して歩き出そうとすると、お久は、こんなに優しくしてくれるのを、でもこの先が心配だ、新吉さんは佳い男だからきっと私なんて捨ててしまう。あなたは捨ててしまうような人だから。

 なにを言い出す、そんな訳あるものか。

 いいえ見捨てるよ。

 

 だって私の顔はこんなになってしまったもの。

 

 お久の顔に出来物がぽつり、それがみるみる広がって、豊志賀に瓜二つとなる。新吉、我を失い手近にあった草刈鎌を振り回しお久を滅多刺し、頚へ刺さったのが致命傷となってお久は絶命する。

 新吉が動転して逃げようとするところ、追っ手から逃れて隠れていた悪党・甚蔵に見つかってしまう。互いの顔もわからぬような闇の中、二人は泥にまみれて取っ組み合う。

 すぐ先に雷の落ちたのをよいことに、新吉は必死で土手を逃げ、ただ一軒、灯りの点った家へと転がり込む。

 その家は、甚蔵の家であった……。

 

 

雑記

 前半の山場、「お久殺し」です。

 豊志賀が呪いのような書き置きを残して死に、一抹の不安を感じながらも、取り敢えずは解放をされた新吉。豊志賀の墓参りでバッタリ会ったお久とともに逃げ出す決意をします。

 取るものも取り敢えず下總国羽生村を目指す二人。松戸の宿で宿を取り、……どうですかね、二人はここで深い仲になったんだかどうだか。お久が足を怪我したあたりの台詞で、そんなことを匂わせてはいます。

 鬼怒川の渡し、土手を歩くころにはもう薄暗く、曇天垂れこめ、ぽつりぽつりと降る雨の、いつしか篠突く雨となり。濡れた草、っていうのは存外滑るので、お久が足を滑らせて転ぶ、転んだ先には誰が忘れたか草刈鎌、足を深く切ってしまい、歩くのもままならず。

 お久は傷が深いのか、なかなか立ち上がれない。

 怪我をして歩けないお久の傷口の上を手拭いで縛り、肩を貸して何とか村まで行こうとする。新吉は、結構いい奴なんですよ、この辺りまでは。しかも佳い男。

 

 豊志賀が嫉妬に狂い、祟るのも分かる気がします。

 

 お久は弱気なことを言い始める。たとえあなたと一緒に行ってもあなたは佳い男だからきっと他の女に惚れられるとそっちへ行ってしまう。あなたは私を捨ててしまうよ。

……何か、どこかであったような。どこかで聞いたような。

 見ればお久の顔が腫れ爛れて豊志賀の顔に。新吉の膝に手を置いて恨めしそうに見上げている。そりゃあ驚きます。我を忘れて、手近の鎌を手に取って豊志賀(?)に向けて滅茶苦茶に振り回します。

 お久はお久で、なんのことかさっぱり理解できないでしょうね。一緒に逃げよう、とまで言ってくれた男が突然鎌を持って振り回し始めるんですから。

 そのうちに首筋への一撃。これが致命傷となって、お久はこと切れてしまいます。

 雷鳴轟く土砂降りの雨の中、血塗れの草刈鎌を握り締め、恐らくは返り血を浴びて立ち尽くす男。稲妻が時折、その男の影を浮かび上がらせる。

 

 そして新吉は立派な人殺し、となります。

 

  これはえらいことをした、逃げなければ。土手の草、粘土はこの大雨でよく滑る。そんなところを転げるように逃げる新吉。そうしたところに甚蔵という男と鉢合わせをする。賭場に手入れがあって、ほとぼりが覚めるまで土手の草むら(ボサッカ、と言うそうです)に潜んでいたが、足を滑らせて転げるようにしてきた新吉と鉢合わせます。とは言っても暗闇で、互いの顔なんぞ分かりはしない。

 まだ気が弱いし肝も座っていない新吉なので、まずはこの場から逃げたい一心、肝が座ってれば一緒に殺してしまう、なんて頭もあったのでしょうが。

 この二人で、逃げる、追うの取っ組み合いとなる。結果としてなんとか逃げきった新吉、ただ一軒だけ灯りがついた家があるので助けを求めてそこへ転がり込んだ。その家っていうのが甚蔵の家で……。

 

 というところまでですね、今回は。甚蔵は、これからなにかと絡んできます。というよりもここからの話の重要な位置を占めます。そして新吉も感化されるように、業の渦に巻き込まれていきます。

 

 ここから先はあまり怪談っぽくなくなっていきます。一人の男が荒み、堕ちていくという、いやーな話が待ち構えております。

 

 それでは次回まで。