ヒーロー

「僕は、大きくなったら正義のヒーローになりたい」
国語の時間、将来の夢を書くようにと言われたので、素直に書いてみた。ウルトラマンのような、仮面ライダーのような。結局笑われたけれど。あれはテレビの中のお話でしょ、子どもみたい。ただ一人、クラスで一番頭の良かった裕君だけが笑わないで聞いてくれた。
「それじゃ僕は、怪獣になろうかな。タッコングがいいかな」と、裕君。
 その時は、何か救われた気がしたのを覚えている。きっと僕を守ってくれたんだ、と思う。

 その後中学校まで一緒だったが、特に何か交流があるわけでもなく、それぞれの進路へと別れて行った。裕君が大学まで行った(彼の学力なら当たり前だ)ことまでは分かっていたのだが、その後はあまりよく知らなかった。僕はと言えば、何とか滑り込んだなんということはない大学で青春らしい時を過ごし、身の丈に合った会社へと就職していった。
 仕事にも慣れてそれなりに責任ある仕事も任せられるようになって、嫁さんと子供を守る立場になった五月のころ、裕君から電話があった。ちょっと会えないか、と。できれば僕たちのいた町がいい、小学校の裏手にある雑木林にしようと、一気に伝えて電話が切れた。
 言われた場所に行ってみると、そこは五月らしいさわやかな風が吹き、若い緑が生い茂っていた。青臭いような匂いの先に、みすぼらしい身なりをした、痩せた男が待っていた。その目つきは鋭く、世の中すべてのものを信用していないような光をたたえている。だが、彼は裕君だ。どこかに面影がある。裕君には、聞きたいことがたくさんある。
「どうしても伝えなくてはならないことがあるんだ」
元気だったか、の挨拶もなしに裕君は切り出した。
「5年ほど前から国立天文台の観測結果を整理していた。難しいことは省くが、かなりまずいものが地球に近づいている。それは人の意識を具現化する。そしてどうやらそれを呼んだのが、君と私だ」
「ごめん、何を言っているのかわからない。なんで私と君なんだ? それをなぜ私に伝えようと思ったんだ?」
少しだけ間を空け、裕君が続けた。
「子供の頃の君の作文だ。あれに引き付けられたらしい痕跡がある」
「そんな! 子供の頃の他愛ない夢を書いただけじゃないか!」
「どうやらその君に同調をしたものがある。その時の君に同調した何かが。子供の夢とはいえ、その時の君はかなり本気でそれを書いていたはずだ。それを誰か、いや何かが汲み取った」
「今までの話からすると、私が正義のヒーローになるだけなんじゃないのか。それなら何も問題はないじゃないか」
裕君は大きなため息を一つついた。
「あの時、私が、怪獣になる、と言ってしまったことがまずかった。それで君は、正義のヒーローと怪獣とを思い浮かべてしまった」
子どもの頃の話になっているからか、言葉が段々子供の頃に戻っていくような気がした。
「裕君、何を言ってるの?どうしたんだよぉ」
「つまり、君は正義のヒーローになり、それと同時に何かの怪獣が具現化する。あの時私が言った怪獣の名前を覚えているか?」
「もう覚えていないよ。そんな前のこと」
「私は覚えている。タッコングだ」
タッコング? ああ!確かそう言っていた気がする。でも」
「でも、なんだ」
「私はタッコング嫌いだったんだ。だから違う怪獣を思い浮かべた」
「まずい。とんでもない怪獣だとまずいぞ。一体何を思い浮かべたんだ」
「……ツインテール
裕君は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「そうか、それなら何とかできるかもしれないな」
「その、何とか言うものがここに来るのはどのくらいあとなの」
「若干の誤差はあるだろうが、およそ5年後」

 裕君にそんな話を伝えられてからしばらくして、変わった自殺をした人がいる、とニュースになったことがあった。国立天文台のパラボラアンテナの焦点部に身を置いて、宇宙線を一身に浴びて亡くなっている人がいた、と。ああ、それは裕君かもしれない、と頭の片隅で思っていた。
 
 そんな話からもう5年になる。今のところ自分の身に何も変わったことはないし、世の中で何か異変が起きている気配はない。いや大きな地震はあった。これ以上の異変はない。
 そんな折、奇しくも五月、若草萌える頃に、小学校の裏手の雑木林だった辺りの地中から、何やら赤っぽい巨大生物が現れた。逆立ちをした,蝦のような外観。地面すれすれにある丸い頭と小さな牙の並んだ口。朝のニュースで流れる中継の映像を見ながら、子どもたちは何あれ、と声を上げている。私だけがひとり呟く。
「……ツインテールだ」

 裕君の言ったことは本当だった。と、いうことは、正義のヒーローが現れるはずだ。私は表へと走り出た。そして路上で右手を高く差し上げる。その時私はまばゆい光に包まれた。

 

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