ベット

「ルールはシンプルです。あなたの45メートル先にある、あの林檎にこのボールを当てれば、それであなたの勝ちです。オッズは1倍。よろしいですね」
 ディーラーが告げる。
「それでは、ベットしてください」

 俺は脇にあったバッグを引き寄せ、口を開けてディーラーに見せた。後ろに控えていたピットボスの指示で、直ちにスタッフが金額の計算を始める。そして、それほど安いとも言えない額が提示される。受けてくれるだろうか。
「……よろしい。それではこちらから、使うボールを選んでください」
 5つのボールが運ばれてくる。どれもそんなに変わり映えのしない、何の変哲もない硬球の野球ボールだ。まあ、この選ばせる、という行為が、不正がないというアピールになっているのだろうが。

 はっきり言って今回の額では、人生をやり直すには到底足りる額ではない。だが、道を間違えたおおもとの分かれ道まで戻ることはできる。少しだけ、なかったことにはできる。それだけで今は十分だ。
 俺は左から2番目のボールにすべてを託すことにした。

「では、いつでもいいタイミングで声をかけて下さい。」
 俺はテンガロンハットを脱ぎ、それで顔を覆った。余計なことは考えないで行く。いや、それは無理だろう。こんな大勝負、雑念無しにできるほどの出来たギャンブラーじゃない。金だ、いやそうじゃない、金のことだけは考えるな。林檎だ。45メートル先の林檎だけを頭に浮かべろ。

 テンガロンハットを地面に置いて、宣言する。
「……行きます」
 遠投の姿勢に入る。イメージしろ。俺の手を離れたボールは、放物線を描いて45メートル先の林檎を直撃する。粉微塵に砕ける林檎と周囲の歓声、俺を称える声!

 

 

 俺は地面からテンガロンハットを拾い、埃を払った。
 空の鞄を肩に、出口へと歩いていく。
 一切、後は振り返らない。

 

 

 出口では、ピットボスが待ち構えていた。
 見上げた俺に向かって拳を突き出す。

 

 

 俺は満面の笑みで拳を合わせる。
 ピットボスの両脇には、スタッフがジュラルミンアタッシェケースを持って待ち構えていた。笑みはないが、ピットボスが一言、声をかけてきた。

 

「グッド・ゲーム!」

 

 そうだ、俺は勝ったんだ!

 

 

お題:「林檎」「ボール」「帽子」

 

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