歩美ちゃん
山奥の小さな小学校、それが僕の母校だった。過疎が進んでしまって、しばらく前に廃校になってしまったけれど。村に残った僕は冬の間に、校庭の隅の小さな花壇に三色菫を植える。花が開くと、それは笑顔のようで、この寂しい廃校舎が少しでも明るくなればと思って。
ふと耳を澄ますと、音楽室のほうからオルガンの音が聞こえてくる。……オルガンなんてあったっけ? 「きらきら星」、「猫ふんじゃった」、この弾き方の癖、どこかで聞いたことがある。
僕は校舎へ入り、音楽室を目指した。扉の前で一つ深呼吸をしてから、ゆっくりと中を覗く。
10歳くらいの女の子が音楽室の真ん中で、オルガンを弾いているのが見えた、気がする。だってそれは、僕の同級生だった歩美ちゃんだったから。
そんなことあるわけない、と思ってもう一度見直した。女の子は、今度は僕と同い年くらいの女性になった。覗いている僕に気が付いたようだ。僕に一つだけ、微笑んだ。三色菫のように微笑んで、消えた。
その夜、幼なじみの祐介から、東京に出ていった歩美ちゃんが亡くなった、というメールが届いた。あの子、お前のこと好きだったろ、と余計なことが書いてあった。
晩酌の焼酎のグラスを持って表に出る。凍てつく空気、天の川。春にはまだ遠い。
春になれば、歩美ちゃんの笑顔のような三色菫が咲き誇る。だから、僕は三色菫を植えていたんだよ。
歩美ちゃん、またね。
了
nina_three_word.
Including
〈 音楽室 〉
〈 過疎 〉
〈 菫 〉