ボディショット

「お兄さん、もう一杯行こー!」
 ビアシンハーがまた一本開けられる。お兄さん、と呼ばれた男はまんざらでもなさそうに瓶ごと口につける。
「ただ飲むだけじゃつまらないな。なあ、口移しで飲ませてくれよ」
 だいぶ酔いが回ってきたのか、男は下品な冗談を口にする。他に客もいない。羽目を外してもいいだろうさ。それにこの後は2人でホテルへ行く、ってことになっている。
「オッケー。じゃ飲ませてあげるねー。ゼンブ飲んでよー」
 女はケラケラと笑い、男の手から瓶を奪い取りその中身を口に含んだ。

 

 首都クルンテープ。とあるストリートの、そのさらに奥へ至るソイ(脇道)。これと言って流行らないビアバーが2,3件。表通りのゴーゴーバーでペイバー(店外デートのこと)した女の子と、呑み直そう、ということになって連れてこられたのだ。なんとも場末な雰囲気が不気味であったが、思いのほか店員たちが若く、皆可愛い。店主の趣味がいいな、などと思いつつ酒宴を開始したのだ。


テキーラ行こー、テキーラ!」
 だいぶ酔いも回ったころ、女が言った。そして運ばれてくるショットグラス、塩、マナオと呼ばれるライム。女は男の首に手をまわし、口を耳元に寄せて言った。
「ボディショットで、行く?」
「アナタだったら、いいヨ」
 女の胸が男の胸に押し付けられる。その肉感的な感触と酔いが、男の判断を短絡的にさせた。
 妖しい笑みを浮かべて、女は胸をはだけた。マナオをひと搾り、そして塩をひとつまみ盛る。男はそれを舌で掬い、ショットグラスの中身を一気に飲み干した。喉を焼いてもまだ足らず、テキーラは胃の中で燃え続けた。だが心地よい。狂乱の夜は始まったばかりだ。

 

 ボディショットを幾度繰り返したろうか。男はもう立ち上がるのもままならないほどに酔っていた。女が囁いた。
「お兄さん、お兄さんモテるから、いっぱい女のコ泣かしタでしょ」
「ぁあぁ、泣かしぃーた、かなぁ」
「あたし知ってるヨ。ブア、レック、……ノーイ」
「ノーイ……、あぁ、ノーイなぁ! あれはいい子だったなぁ。他のオンナに乗り換えちまったけど、どうしてるかねぇぇ」
 気が付けば店の中に人気はなく、男と女、二人が残るのみ。
「もう一杯、ボディショット行こ? これでサイゴ!」
「よーし! 飲んだらホテル行こうぜぃ!」
 女はショットグラスを男に渡し、男の耳元で言った。
「ノーイね、死んだヨ。自殺したの。わたしの大事な大事ないもうとダッタ」
 女はショットグラスの中身を男の顔にかけた。そしてボトルを掴むとその中身をさらに男にかけた。
 スピリタス。アルコール度数96度。それが女の手にしているボトルの正体。
 
 「最期の、ボディショット、ョ」
 女は手早くマッチを擦った。


 

nina_three_word.

Including
〈 繰り返し 〉
〈 アルコール度数 〉