Chase the Ghost
天王洲あたりから、そいつはピタリと着いてきた。自らのマシンの、四気筒の甲高い咆哮の奥に、僅かに、だが確かに単気筒の力強い鼓動が混じって聞こえてくる。
バックミラーに目をやると何も見えない。が、上手く死角に入っているのだろう、時折ゆらゆらと影だけが見え隠れする。
アクセルを開けて、一気に引き離したい衝動に駆られる。だがこういう時に限って、信号は寸前まで赤で、減速をして止まろうかと思う時に青に変わり、また走らざるを得なくなる。アクセルを開けるも叶わず、止まることもできず。その間、そいつは死角にピタリとつけたままだ。
天王洲から山手通りを上って行くと、京浜急行の高架を過ぎて第一京浜の信号を渡ったあたりから、大小のコーナーが続くセクションが始まる。目黒川に沿って右に折れ、東海道線をくぐって左へ大きく曲がっていく。その辺りから信号は計ったように全て青になっていった。
いつもなら小気味良くコーナーを駆け抜けていける、これほど気持ちの良いシチュエーションはないのだが、今は背後に迫っているであろうそいつの影が気になっていた。コーナーの連続するこの区間では、回転数で馬力を稼ぐ四気筒マルチと背中を蹴飛ばすような圧倒的なトルク感の単気筒とでは彼我の差はそれほど現れない。
山手線の線路にぶつかり、そのまま右手に折れて線路沿いに大崎駅前へ。その先に、山手線を越える陸橋がある。そこが連続するコーナーの最後のセクションだ。
陸橋を登りきったところで小さな左コーナーと右コーナーが連続し、さながらシケイン様になっている。そこを抜ければ、山手通りはストレスのない大通りへと姿を変える。陸橋を真っ先に越えれば、あとはアクセルを開けてそいつを置き去りにするだけだ。
しかしその陸橋前の信号は寸前で赤に変わり、側道から出てくるワゴン車の通過を待つために停止を余儀なくされた。そして、そいつが轡を並べる気配を感じた。
隣に停まったそいつは、上下ともレトロチックなセパレートのレザースーツに銀のジェットヘルメット、レトロ趣味のカフェレーサー風にまとめたバイクに跨っていた。その表情はスモークの濃いシールドでよく見えない。
そいつは、アクセルを二つ煽ってからゆっくりとこちらを向き、シールドを上げた。
そこにいたのは、俺だった。
青ざめた顔で、
光のない黒目を宿し、
顔の左半分をどす黒い血で染めて、
ニヤリ、と笑っていた。
ナントシテモ、ソイツヨリ、サキ二出ナイト
信号が青になり、一気にアクセルを開ける。
荷重が後ろに乗る。
フロントタイヤから抜重する。
左コーナーが迫る。
オーバースピード。
フロントが流れる。
地面が眼前に迫ってくる。
霞がかかる目で最後に見たものは、嘲笑う様に駆け抜けていくそいつの姿だった。
大崎駅陸橋近辺 : https://goo.gl/maps/obmARgEMZeS2
大崎