不貞の精算

「うん、私は平気だから。気にしてなんかいないよ」
 隣に腰掛けている彼女は、僕の方を見ずにそう言った。

 

 つい先日、浮気相手がうちに乗り込んできた。僕の留守を狙って。その日家に帰ると、彼女は感情もなく淡々と、僕にその事実だけを伝えた。怒ることも、なじることもせずに、だ。必死な言い訳と挙句の土下座。その脇を、彼女は何事もなかったように寝室へ向かった。

 その晩僕は、僕たちは義務のようにセックスをした。贖罪だろうか、だが彼女はセックスが好きではない。

 

 その週の土曜日彼女が不意に、公園へ行こう、と切り出した。大きな公園がいい、新宿御苑とか。僕に選択権なんかない、いいね、ぜひ行こう。それじゃ5月5日の端午の節句にしないか、と僕は提案をした。そう、それならまだ一週間はある。それまでには浮気相手と手を切らなければ。

 4月30日に尋ねた時には、話を切り出すことができず。そのまま、2度セックスをした。

 5月2日に尋ねた時には何とか話を切り出したのだが、怒り、泣く浮気相手をなだめているうちにセックスをしてしまい、話はうやむやになった。

 5月4日。もう後はない。今日こそしっかりと手を切らねば。
 呼び鈴を何度か押したが、浮気相手の返事はなかった。仕方なく家に帰ると、彼女はいつになく嬉しそうに、僕の帰りを待っていてくれた。明日が楽しみで仕方がない、今日は早く寝ましょう。
 その日のベッドの中で、付き合ってから初めて彼女自身からセックスを求め、僕の愛撫に応え、絶頂を迎えていた。僕は枕元の水を一口飲んで、いつになく深く眠った。

 

 翌朝、僕らは新宿御苑へと向かった。途中、老舗の和菓子店でよもぎの柏餅を5つ買っていった。バックパックを背負った彼女は、とても嬉しそうだった。

 新宿御苑は、美しかった。青く澄んだ空に新緑のコントラスト、萌え出る若芽、タンポポの鮮やかな黄。すべてが美しかった。芝生にレジャーシートを敷き、柏餅を食べ始めた。よもぎの青い香りが鼻の奥をくすぐる。
「うん、私は平気だから。気にしてなんかいないよ」
 隣に腰掛けている彼女は、僕の方を見ずにそう言った。

 僕は気付いていた。鼻の奥をくすぐるのは、よもぎの青い香りだけではないことを。新宿御苑に着いてから少しづつ異臭がしていることを。彼女のバックパックの底から、少しづつだが何かどす黒いものが漏れ出ていることを。
 僕の背中を冷たいものと電流が走り、耳の奥がキーンとなり始めた。
 僕は、幸せそうに柏餅を食べている彼女に話しかけた。

 

「ねえ、そのバックパックに入っているものは何か、聞いてもいいかな」

 

 

#単発三題噺

バックパック

端午の節句

新宿御苑