選択
さて、どうしようかと考えている。
上手くいかない人生を呪ってヤケ酒を喰らい、いつしか深酒となり、終電を逃した深夜、知らぬ街で道に迷ってしまった。
迷った道の突き当り、三差路となった何所とも知らぬ分岐点に、
黒づくめのスーツを着て、
黒い帽子をかぶった男が、
訳ありな笑みを湛えて、
立っている。
男は言った
「君には選択権がある
左の道を行けば、過去から人生をやり直せる
右の道を行けば、富と名声が得られるが、今までのもの全てを失う
どちらにも行かなければ今までと何も変わらないただし、1kgの金をやろう
決めるのは今のうちだ
未明を過ぎれば、日が昇れば、すべての選択肢は意味を為さない
どうするかい?」
なぜこの胡散臭い男の言葉をそのまま信じたのかは分からない。とても自然なことだと思えたのだ。悩むことなどあるものか。どうせ今など碌なもんじゃない。右だ、右の道だ。
しかしここにきて、幾らか酔いが醒めてきた。過去からやり直すのも悪くないと思えてきた。嫌なことが多かったけれど、いいこともあった、今でも友達でいてくれるいい奴もいる。それまですべて切り捨てるのか。
僅かな星の瞬く夜空はいつしか群青色を帯びていた。
さらに酔いが醒めてくる。ホルムアルデヒドがひどい頭痛を誘う。
右か?
左か?
考えるだけで頭痛はひどくなる。
ひどくなる頭痛はまた考えを短絡化させる
右だ。いや左だ。
金? 金塊?
群青色はいつしか藍となっていた。長く引き伸ばされたような灰色の雲に、少しだけ赤みが差している。日が昇るのも近い。
「どうしますか? 残りの時間はわずかですよ」
黒づくめの男は慇懃に言い、こう続けた。
「昔あなたに、似た質問をしたことがあるんですがね。同じ選択をしたらどうですか、意気地なしさん? いや選択すらできませんか」
そうか、思い出した。
お前は昔、駅にいたな。ひとをからかって楽しいか、この悪魔め。
「悪魔! まさしくその通り。ただ十字路じゃなくて三差路なのが気に入りませんけどね。で、どうしますか?」
貼り付けたような笑顔で悪魔は問うてきた。俺はポケットから小銭入れを取り出し、一枚、適当につかんで宙にはじき上げた。
表なら右へ、裏なら左へ。
……こんなことがあるのか。投げ上げたコインは、路上に突き刺さった。
どうするんだ、これ。
夜が明けた。
俺のポケットには蓋が空いたままの小銭入れと、1kgの金塊が入っている。
悪い選択じゃない、そう思う。
了
「小銭入れ」
「未明」
「分岐点」
#単発三題噺