坂道
黄昏時。
僕は坂をゆっくりと上っていた。
向かいから、黒の留袖を着た老婆が下ってきた。
すれ違いざまに互いに小さく会釈でもしたろうか。
誰か葬式でもあるのだろうか、
ここに来るまでそのような家はなかった。
あの老婆は、どこへ行くのだろうか。
僕はこれ以上の詮索も、振り向くこともしなかった。
一尺と離れぬ距離で、草履の擦る音が聞こえる。
老婆は間違いなく、僕のすぐ後ろを付いてきている。
くっくっ、と、押し殺した様な笑い声とともに。
了