もしもロックが嫌いなら

 失敗した。

 この間の見合いは、断る気満々だった。だったんだが、お相手を一目見てときめいた。俺には不釣り合いなほどの清楚な女性。でもまあ、まさかの目は無いな。だから、ここぞとばかり色々話を盛った。

 

”読書はどのようなものを?”

”ええ、志賀直哉遠藤周作なんかよいですね”

 嘘つけ。本棚にはラノベがぎっしりじゃないか。あとはおまけ程度に司馬遼太郎の「坂の上の雲」。そんなもんだろう。

 

”どのような音楽をお聴きになられるの?”

チャイコフスキーストラヴィンスキー。旧ロシアの作曲家が好きなんです”

 何言ってやがる。iPodにはパープル、ツェッペリン、レインボウ。古いハードロックばっかりよくも並べやがって、幾つだ俺は。

 

 まさか、まさか。見初められるとは思わないじゃないか。

 

 それからは必死だ。話を合わせるのに「暗夜行路」だの「海と毒薬」だのを読み漁った。ついでに太宰の「如是我聞」も。あとは芥川賞取ったあたりをかいつまんで読んだ。

 柄にもなく「くるみ割り人形」や「ピアノ協奏曲第1番」、「火の鳥」や「ペトルーシュカ」「春の祭典」なんかを聴きまくった。こっちはまだハードロックに通じるものがあったので何とかなった。

 それでまあ、何とか話を合わせていったのだが。

 

 ほころびっていうものは、本人の気づかないところから解れていくものだ。

 少しづつ、彼女と話がずれるようになった。俺の話の、付け焼刃な嘘くささが見抜かれていったのだろう。その恥ずかしさで、俺は一人部屋でへたくそなギター(チェリーレッドのレスポール、俺の唯一の財産だ)をかき鳴らした。もちろんヘッドフォンを付けるのは忘れない。

 

 次のデートの日。ことのほか寒い日。彼女から遅れると連絡があった。

 ああ、これはすっぽかされるパターンかな、お見限りかしら、などと思い、分厚いダウンジャケットに身をくるむようにしてiPodでリッチーブラックモアズ・レインボウの「銀嶺の覇者」をガンガンにかけて、目を瞑り自分の世界に入っていた。

 不意に、前に人が立つ気配がありイヤホンを奪い取られた。見ると彼女がその奪い取ったヘッドフォンを自分の耳に当てていた。

 嘘がバレた。ああ、やはりもともと釣り合わない二人なんだ、あるべき姿に戻るだけじゃないか。

 彼女はしばらく聴いた後、ヘッドホンをこちらに寄こした。

 

「あ、あの」弁明などいらないだろう。

「もし、もしもロックが嫌いなら、その、嘘ついてごめんなさい」

 

「結構古いのが好きなんですね」と、彼女から意外な答えが返ってきた。

「私は、もうちょっと明るいのがいいかな。ボン・ジョヴィとか、ヨーロッパとか。あとはドラゴン・フォースとかメロスピも好き」

 これでも十分古いけどね、と彼女はおどけて見せた。

「よかった、こういう話ができる人で。でも、クラシックってハードロックに通じるところがあると思わない? ……」彼女は堰を切ったように音楽の話を、ハードロック、ヘヴィメタルの話を続けた。

 

 今度は彼女の好きな音楽を聴きまくって予習をしなければ。プログレッシブ・ロックならまだ勝ち目はあるかもしれない。

 そして今度は自宅に招いて、へたくそなギターを見せつけよう。

 

 

 

 

If You Don't Like Rock'n Roll / Ritchie Blackmore's Rainbow