四月になれば彼女は

 四月。
 春の匂いを纏って、彼女はやって来た。
 こんにちは、こんにちは。ご機嫌はいかが? そう尋ねる彼女に戸惑いながらも、その妖しげな魅力に僕は少しづつ魅かれていった。気が付けば僕は彼女に恋をしていた。

 

 五月。
 僕らは一緒に住むことになった。
 気付けば、僕の恋は愛に変わり、彼女もそれを受け入れてくれた。小さな窓から見える新緑が、彼女と僕に安らぎを与えてくれた。

 

 六月。
 僕らは二人でいることに慣れてしまった。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ僕らの間はぎくしゃくとして、小さな棘のように胸を刺した。
 梅雨時の青葉と水の匂いが、僕らの間の小さな溝を流れて行った。

 

 七月。
 彼女が不意に聞いてきた。
 ”ひとは空を飛べると思う?”
 僕は彼女を縛ろうとしていた。でもきっと、彼女は蝶なのだ。ひらひらと飛び回るのが似合っている。夏の日差しを受けて飛び回るのがいい、逆光の中、僕はそれを見つめるだけだ。

 

 八月。
 彼女は突然いなくなった。
 交通事故だった。突然の夕立の中、雨に打たれてなお熱を帯びたアスファルトに彼女は横たわった。病院で見る彼女の顔にあの微笑はもうなかった。そしてこれからも。

 

 九月。
 一人にはちょっとだけ広い部屋で、彼女のことを思い出す。
 彼女の微笑だけが思い出に浮かぶ。僕は笑みを浮かべる。
 しかし秋を運ぶ風が吹き始める中、突然に彼女の思い出が途切れるとき、僕は涙を流すだけだった。

 


Inspired by "April Come She Will" Paul Simon