なんでもない一日

「はい、起きて。私これからお仕事」
 この部屋のあるじ、ミイホァが俺をベッドから追い出す。仕方ないなぁと呟き、のっそりと部屋から出ていく。階段へ向かう途中で、恰幅のいい外人(俺は外人じゃないのか? 外人の定義ってなんだ?)と、目も合わせずにすれ違う。店の前で客引きをしている娘たちをからかいながら表通りへ。少し歩いたところにある茶屋へと向かう。
 ミイホァとは一週間の契約をしたはずなんだがなぁ。夜だけなんだろうなぁまぁいいか。じりじりと焼け付く日差しにやられ、まともな思考ができなくなっている。まともだったら、ホテルを引き払って置屋で居残りを決め込む、なんて発想は出てこない。

 

 茶屋でアイスコーヒーを頼む。ここに座っていれば、置屋の入り口がよく見える。さっきの白人が出てきてからのんびり戻ればいい。アルミ製のコーヒーフィルターを乗せた小さなグラスと、砕いた氷で満たされたグラスが運ばれてくる。小さなグラスの底には、練乳が阿呆ほど溜まっている。
 置屋の向かいも、ガレージに小さなテーブルと椅子を並べただけの茶屋となっている奥へ行くとこれまた置屋だ。こちらの茶屋には、同胞の皆々様が屯をしている。言葉が通じないからと、買った娘を大声で評しては、これまた大きな、下卑た笑い声をあげている。彼らは苦手だ、そもそも口も聞いたことはない。とは思うものの、傍から見れば私も彼らもやってることに大して変わりはない。

 

 小さなグラスに程よくコーヒーが溜まる。よくかき混ぜて氷の入ったグラスへ注ぎ、一口。頭をぶん殴られるような激甘のコーヒーが呆けた頭を少しだけはっきりとさせてくれる。と同時に、いまミィホァの部屋で行われていることを考えると、もやもやと遣る瀬ない気持ちがわいてくる。
 こんな場面で読むにはどんな本が合うだろうか、などと考える。聖書でも読んでみるか? まさか。他愛もない、あとに何も残らないような話がいい。生憎持ち合わせてはいないが。俺の人生でもなぞってみるか?

 

 小一時間ほどして、件の外人が店から出てくる。アイスコーヒーをもう一杯、ゆっくりと喫してから店に戻っていく。昼を回ってなお強い日差しが吸い込まれるほどの黒い影を落とす。その影を連れて大通りを歩いていく。ガレージ前の茶屋にいる面子が、こちらをじろりと睨む。本音を言えば、こいつら全員にバケツで水でもぶっかけてやりたい気分だ。

 

 部屋に戻ると、ミィホァがベッドに寝そべって、雑誌を読んでいた。ついさっきまでこの部屋で行われていたコトを考えていたら、自然と笑いが漏れる。
「何がオカシイ?」
 ミィホァがこちらを向いて、ご挨拶のキスをしてきた。ついさっきまで男に奉仕をしていた口、だがそれがどうした。俺はそこまで潔癖症ではない。それに彼女が彼女であることが尊いのではないか。
 ミィホァの隣に寝そべり、この後のお仕事を尋ねる。
「ママさんに呼ばれたら行くけど、行かない方がいい?」
 答える代わりに、彼女を緩く抱きしめる。

 

 こうして、なんでもない一日が過ぎていく。