カマル

 夜の礼拝が終わり、モスクには静けさが戻った。人々は日没後のささやかな夕食を楽しみに各々の家へと散っていった。

 私は、ひと気のなくなったモスクの中へと入っていった。勿論、導師の許可はいただいている。

 ラマダン月の15日目、満月は雲ひとつない深い藍の幕間に輝き、ミナレットはその光を細長く遮って一筋の影を落としていた。それに余る月影の恩恵は、モスクの中を、そしてその壁を明るく照らし出していた。

 壁面には、細密なアラベスク模様が天井をも覆わんばかりに輝いている。藍、青、空色、その中間色たち。それらがモザイクとなり、草の意匠となり、秩序を持ち、荘厳さを纏っていた。この見事な壁画を前に、私は暫し時を忘れ見入っていた。尤も導師は厳しい顔をしてこちらを睨んでいたが。

 ふと気がつくと、一人の少年が同じように壁画を見つめていた。私が見つめているのに気がつくと、少年ははにかんだような笑顔になった。

 カマルと名乗ったその少年と私は、片言ながら暫し話をした。彼の父母のこと、兄弟のこと。私が生まれた街や私が見てきた遠い国のこと。遠く、導師の咳払いが聞こえた気がしたが、それはまあどうでもいい。

 カマルは将来、料理人になりたいと言っていた。母さんが作ってくれる、食べた人誰もが幸せになるようなピラウを皆んなに食べさせたい、と。

 子羊の肉と香辛料、刻んだタマネギ。一掴みのレーズン。ほんの少しの塩。あとは、サフラン。これだけは忘れちゃダメなんだ。そして皆んなライスと一緒に炊き上げるんだよ。

 カマルが目を輝かせながら教えてくれたレシピを頭の中で反復しながら、どのような味だろうと想像をする。そしてささやかながらも笑顔の絶えないカマルの食卓を思う。

 そろそろうちに帰るというカマルを見送り、私もモスクを後にした。ラマダンが明けたらうちに来て、と誘われたのだが。明後日にはきっと隣国のビザが下り、そのまま西へ向かう乗り合いバスに揺られているだろう。ラマダン明けには、どこの街にいるだろうか。その時には、ピラウで祝おう。

 月明かりが照らす道を、宿を目指し歩き始めた。

 

 

 

いや、まだ終わらない。