2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

「これで成体なんですって?」 足元に映し出されたドローンからの画像のおよそど真ん中、ぶよん、とした巨大な物体をしげしげと眺めながら、彼女がポツリと漏らす。その見た目は甲虫の幼生そのまま、青白くぷくぷくとした、まあいわゆる芋虫、という奴だ。た…

不可解なファイル

「何ですかね、このファイル」「なににも紐づいてないんだよな、こいつ」「さっき、テキストエディタで開いてみたんですけど」「どうだった?」「さっぱりわからないです。なにかバイナリみたいなんですが」「でも実行はできないんだろ」「とてもとても」「…

疾る -はしる- その2

「……なんだかね、いるんだかいないんだか分らないんですよね」「……振った仕事はきっちりやってくれてるんだけどね」「……でもそれ以上でも以下でもないんだよな」「……飲み会誘っても来たためしないし」「……なんかぼんやりしてるよね、いろいろと」 会社の同僚…

飛火野

一の鳥居から飛火野を抜け、春日大社の本殿へ参る。君と幾度か通った道。帰り道は二の鳥居から脇へ、囁きの小径へと歩を進める。馬酔木の森の密やかなるを、互いの息吹の感じるほどに肩を寄せ歩く。それも今日が最後、いつになく二人押し黙り。この道の果て…

遺構

「こちらです。足元に気を付けてください」 道案内のハッサンに導かれて通された小さな部屋は白い大理石が敷き詰められていたが、ただ2か所だけ黒の大きな御影石となって、そこにこの部屋の主が眠っていることを暗示していた。一枚の御影石の元にはほぼ等身…

名もなき詩人より伝承された詩編(断片)

むかしむかし、その昔砂漠の中のとある国王様突然こう言った 「急いで御殿を建てなさい 愛しい姫の住まう家」 みるみる御殿は出来上がる王様とても上機嫌姫は喜ぶ素振りだが寝床で臥せっているばかり王様さらにこう言った 「御殿を華麗に飾りなさい 愛しい姫…

秋桜

「今日は月が綺麗だからね」 彼はただ一言そう言って、里山と里山の合間、民家の明かりも見えない谷津の奥に車を停めてから、私の手を引いて歩き始めた。月明かりが踏み分け道を照らしているけど、それも次第に木々の影となり、懐中電灯の明かりだけを頼りに…

あの日

あの日。 そうだ、財布を忘れて家を出てしまって、いつも乗る電車に間に合わなかったんだ。一本後でも始業までには楽勝で着けるようにはしているから問題はないんだけど、常に乗っているのとは違う電車、というのはどこか居心地が悪い。まあそれもK駅までだ…