2017-01-01から1年間の記事一覧

あとがきをかえて

とある公園。 写生をする児童とそれを見回る先生。 先生がひとりの児童に話しかける。 その1先生 :「冬真君は何を書いているんだい」冬真 :「ええっとね、ふん水と、おさんぽしている犬と、美術館」先生 :「他には何を書いたんだい?」冬真 :「お花とね…

地口の旦那 三たび

「 ああ、そこの小僧さん、……そうそう、そこのアタイだよ。ちょっとこっちへおいで。何もそんなに硬くなるこたァないよ、お小言喰らわせようって訳じゃァないんだ。ちょっと話し相手になってもらおうかと思ってね。お小言じゃァくて独り言ダァな。なに、同じ…

地口の旦那 ~ 番頭さんのお話

「お呼びですか、大番頭さん」 「ああ、こちらへ。……いやそんなにかしこまらなくていいですよ、上下の関係じゃあないんですからね」 「恐れ入ります」 「で、どうだい、ここのところの若旦那の様子は」 「大旦那様が臥せってからは。だいぶ参っておられます…

Wildflowers

君は 野の花の中にいるのが似合う君には 海へと漕ぎ出す小舟が似合う漕ぎ出しなよ 時間なんか忘れて君は きみが自由を感じるところにいるといい 駆け出しなよ 恋人を見つけにさ行ってしまいなよ キラキラした新しいところへボクは今まで見たことがないんだ君…

あなたはだあれ

父の三回忌で実家に帰ることになった。今時、手紙一通だなんて、うちの家族もどうしたもんだか。家族なんだから、電話くらい入れるだろうに。まあ、半分家出同然で飛び出してきたので、わだかまりでもあるのかもしれない。 実家は、山間の小さな村落にある。…

Paranoid

彼女とは終わったんだだってボクの想いの支えになれなかったからねみんなボクを狂っているって思ってるボクはいつだって不満だらけにしてるからね 一日中考え事をしているけどでもボクを満足させるものは何一つないね考えるに、ボクを鎮めるナンカを見つけら…

友を訪ねる

八月も旧盆を過ぎる頃。暑さもその表情を少しづつ変えていく。ぢりぢりと灼きつける日差しに変わりはないが、重く纏わりつく湿気は薄れ、次第に空の青も深く高くなり、絹雲のひとひらふたひらが、または寄り添い、または千切れてゆっくりと空を渡っていく。…

豊漁

ある日。 シーラカンスが大量発生した。どのくらい大量かというと、一度網を刺せば小型船では捌ききれないほど。海を覗けばその深い藍色の中、ごつごつとした鱗を輝かせた巨体が見渡す限りに群れを成しているほど。 すぐに各国の海洋学術調査隊が派遣され豊…

ゲームの時間

司会:「”神経衰弱ポーカー”、開始しましょう。それでは先攻から」 先攻の男、任意に2枚の写真を選ぶ。1枚目には背広姿の30代男性、2枚目にはちょっとチャラい男性(色黒)。 先攻:「……同年齢、彼女アリ、同棲中」司会:「ジャッジ、スリーペア! それでは…

ボディショット

「お兄さん、もう一杯行こー!」 ビアシンハーがまた一本開けられる。お兄さん、と呼ばれた男はまんざらでもなさそうに瓶ごと口につける。「ただ飲むだけじゃつまらないな。なあ、口移しで飲ませてくれよ」 だいぶ酔いが回ってきたのか、男は下品な冗談を口…

「これで成体なんですって?」 足元に映し出されたドローンからの画像のおよそど真ん中、ぶよん、とした巨大な物体をしげしげと眺めながら、彼女がポツリと漏らす。その見た目は甲虫の幼生そのまま、青白くぷくぷくとした、まあいわゆる芋虫、という奴だ。た…

不可解なファイル

「何ですかね、このファイル」「なににも紐づいてないんだよな、こいつ」「さっき、テキストエディタで開いてみたんですけど」「どうだった?」「さっぱりわからないです。なにかバイナリみたいなんですが」「でも実行はできないんだろ」「とてもとても」「…

疾る -はしる- その2

「……なんだかね、いるんだかいないんだか分らないんですよね」「……振った仕事はきっちりやってくれてるんだけどね」「……でもそれ以上でも以下でもないんだよな」「……飲み会誘っても来たためしないし」「……なんかぼんやりしてるよね、いろいろと」 会社の同僚…

飛火野

一の鳥居から飛火野を抜け、春日大社の本殿へ参る。君と幾度か通った道。帰り道は二の鳥居から脇へ、囁きの小径へと歩を進める。馬酔木の森の密やかなるを、互いの息吹の感じるほどに肩を寄せ歩く。それも今日が最後、いつになく二人押し黙り。この道の果て…

遺構

「こちらです。足元に気を付けてください」 道案内のハッサンに導かれて通された小さな部屋は白い大理石が敷き詰められていたが、ただ2か所だけ黒の大きな御影石となって、そこにこの部屋の主が眠っていることを暗示していた。一枚の御影石の元にはほぼ等身…

名もなき詩人より伝承された詩編(断片)

むかしむかし、その昔砂漠の中のとある国王様突然こう言った 「急いで御殿を建てなさい 愛しい姫の住まう家」 みるみる御殿は出来上がる王様とても上機嫌姫は喜ぶ素振りだが寝床で臥せっているばかり王様さらにこう言った 「御殿を華麗に飾りなさい 愛しい姫…

秋桜

「今日は月が綺麗だからね」 彼はただ一言そう言って、里山と里山の合間、民家の明かりも見えない谷津の奥に車を停めてから、私の手を引いて歩き始めた。月明かりが踏み分け道を照らしているけど、それも次第に木々の影となり、懐中電灯の明かりだけを頼りに…

あの日

あの日。 そうだ、財布を忘れて家を出てしまって、いつも乗る電車に間に合わなかったんだ。一本後でも始業までには楽勝で着けるようにはしているから問題はないんだけど、常に乗っているのとは違う電車、というのはどこか居心地が悪い。まあそれもK駅までだ…

台詞しかない茶番劇

「ここまでだ、もう逃げ場はないぞスムース・オストアンデル!」「くっ、もう後はないか。……しかし、なぜ滝だ? こういう場合、崖とか採石場じゃないのか」「リスペクト、ってやつだ」「何のだ」「技の1号、力の2号」「風車が回るやつか」「そういうことだ…

Rouge

シンプルな3ピースバンドが、 シンプルなブルース進行で演奏を始める。 それに重なる、囁くような彼女の歌声。 決して美しい声ではないが 聴いている者たちはみな心を奪われていた。 僕はただ、少し昔のことを思い出していた。 雨に打たれインクの滲んだ便…

葱坊主

伸びすぎた葱坊主の畑の中で彼女と僕はちょっとだけ大人になった 青いジャージなんてロマンチックじゃないけれど僕はジャージの手触りが好きでだから彼女を抱きしめた 彼女は華奢で抱けばそれは折れそうで葱坊主が揺れたのはきっと風のせいだけじゃない 了 …

実証実験

「……そう。念力、テレキネシスだね。それでこの鉄の塊を動かす」「いくらなんでもそれは無理なんじゃありませんか?」「うん、無理だろうね。位置を動かすのはね」「と言いますと?」「今回の実験では、分子を動かすのだよ」「分子を」「うん。この鉄の塊の…

レッスン

リタイアを目前にしたある日、若いディーラーが困り顔でやってきた。なんでもピットボスを呼んでくれ、と言っている客がいると。勝負がしたい、と言っているらしい。確かに私は以前にディーラーをやっていたが、ずいぶん前の話だ。それをなぜ? 若いディーラ…

歩美ちゃん

山奥の小さな小学校、それが僕の母校だった。過疎が進んでしまって、しばらく前に廃校になってしまったけれど。村に残った僕は冬の間に、校庭の隅の小さな花壇に三色菫を植える。花が開くと、それは笑顔のようで、この寂しい廃校舎が少しでも明るくなればと…

精霊使いになりたい

「……お見事。カモミール、ローズウォーター、ユーカリオイル、三つとも正解。」 私の師匠、勝手にそう呼んでいるだけだが、は、いつもと変わらずにこやかに言葉を発した。師匠が戯れに出した、ちょっとしたクイズ。その答え合わせ。このところ全問正解が続い…

疾る -はしる-

コーナーの入り口で少しハード目にブレーキングをして、マシンを倒し込んでいく。クロモリ鋼のダブルクレードル・フレームは、その身をわずかに捩るようにして、コーナーを駆け抜ける。その様は、愛撫に応える様にも似て官能的だ。こいつとなら、堕ちて行っ…

レストラン

その1 「それでは、これと、これ。あと、このサラダを」「……どちらのサラダでございましょう」「だから、この、……れサラダを」「恐れ入ります、もう一度仰ってくださいますか」「……気まぐれ、サラダを」「もう一度、大きな声ではっきりと!」「シェフの! …

はるよこい

はるよこい はるよこい はやくこい あるきはじめた みーちゃんが あかいはなをの じょじょはいて おんもへでたいと まっている という、童謡があります。この歌詞、これと言って不思議なところなんてありません。が、ただ一つ。 「じょじょ」って何だ? とい…

喉を通り過ぎる嫉妬はとてもとても苦くてお砂糖に漬けてしまえば甘美なお菓子に変わるのかしら 了 nina_three_word. Including〈 砂糖漬け 〉の〈 嫉妬 〉

ひがん

此岸と彼岸を隔てるものは洋の東西どちらでも川が流れているものよ西にゃステュクス、東にゃ三途渡し賃なら銭六文よ手甲脚絆の装束設え彼女を迎えに彼岸迄戻ってくれるというのなら反魂香とて試しましょうぞ逢瀬立ち切り彼岸と此岸神や仏のねぇもんだ彼岸に…