惑星なのか?

「この最下層は、どうなっているのですか?」
 航宙ハブステーション”ソードフィッシュ”から、この惑星の陸地、と呼んでいいものかどうか、を見下ろして、案内をしてくれている管制官に尋ねた。
 眼下の景色は、高層建築が隙間なくびっしりと林立し、それぞれが成層圏まで届くか、というほどの高さを誇っている。およそ上層階は連絡チューブで結ばれ、人々は中空で生活をしているといっても過言ではない。
「最下層ともなると、日の光も届かないでしょう。どのように暮らしているのですか?」
 私は重ねて管制官に尋ねた。
「私たちもわからないのです。一番下まで降りたことがないので」
 管制官はすまなそうに答える。
「最下層まで向かう術がすでに失われています。何人かの勇気ある冒険者が下って行った、という話は聞くのですが、中途で引き返すか行方不明になるかのどちらかです」
 そもそも、と管制官は続けた。
「最下層まで行って、本当に地面があるのか、も怪しいと思うんですよ。ただ建築物がびっしりと生えているだけで。ここは本当に惑星なんですかね?」

 

 

 

四月になれば彼女は

 四月。
 春の匂いを纏って、彼女はやって来た。
 こんにちは、こんにちは。ご機嫌はいかが? そう尋ねる彼女に戸惑いながらも、その妖しげな魅力に僕は少しづつ魅かれていった。気が付けば僕は彼女に恋をしていた。

 

 五月。
 僕らは一緒に住むことになった。
 気付けば、僕の恋は愛に変わり、彼女もそれを受け入れてくれた。小さな窓から見える新緑が、彼女と僕に安らぎを与えてくれた。

 

 六月。
 僕らは二人でいることに慣れてしまった。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ僕らの間はぎくしゃくとして、小さな棘のように胸を刺した。
 梅雨時の青葉と水の匂いが、僕らの間の小さな溝を流れて行った。

 

 七月。
 彼女が不意に聞いてきた。
 ”ひとは空を飛べると思う?”
 僕は彼女を縛ろうとしていた。でもきっと、彼女は蝶なのだ。ひらひらと飛び回るのが似合っている。夏の日差しを受けて飛び回るのがいい、逆光の中、僕はそれを見つめるだけだ。

 

 八月。
 彼女は突然いなくなった。
 交通事故だった。突然の夕立の中、雨に打たれてなお熱を帯びたアスファルトに彼女は横たわった。病院で見る彼女の顔にあの微笑はもうなかった。そしてこれからも。

 

 九月。
 一人にはちょっとだけ広い部屋で、彼女のことを思い出す。
 彼女の微笑だけが思い出に浮かぶ。僕は笑みを浮かべる。
 しかし秋を運ぶ風が吹き始める中、突然に彼女の思い出が途切れるとき、僕は涙を流すだけだった。

 


Inspired by "April Come She Will" Paul Simon

またも雑談

 さてもまた、音楽なんぞ聴きながら雑談をしようかと思う。本日は、私のカラオケでの十八番が題材になるので、まあそんなつもりで読んでください。

 

 今かかっているのが、四人囃子の「空と雲」。間奏が長いのだけれども、この曲が好きでよく歌わせてもらっている。特に、詩の持つ情景が美しい。坂道、古いお寺、遊ぶ子供たち、高い木立。夏の降り注ぐ蝉時雨、冬は深深と降り積もる雪、そんな情景がどことなく小諸と重なるように私は思うのだ。

 

 続くは、井上大輔の「哀 戦士」。映画・機動戦士ガンダムⅡ 哀 戦士たちですな。これはね、画面見ながら歌うのがしんどいのだ。なぜなら大概使っている映像が映画本編のグッとくる場面ばかりで、声が詰まってしまう。ランバラルの最期やハモンさん、マチルダさんの最期、果てはモブキャラの「お、降りられるのかよーっ!!」なんて声まで頭の中でリフレインしてしまうのだ。

 

 雅夢の「愛はかげろう」。これは歌詞を見ずに歌えるぞ、ははは。当時この歌が大好きでねぇ、おかげでそこそこいい点が出るのだが、上の方に猛者が勢ぞろいしているので上位に食い込むのはちょっとやそっとじゃ叶わないのが悲しい。

 

 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「サクセス」。確か化粧品のCMで流れた曲だ。なので、サビのメロディがとても印象に残る。歌詞はなかなか怖い。純な男が完全に手玉に取られる歌だ。サビの「ここまで来たら サクセース」っていうのが、女性の心情だろう、心の中で小さく舌でも出しているだろうか。

 

 ザ・ルースターズ「C.M.C」。Vo.でこのバンドの頭脳、大江慎也が壊れる一歩手前の曲。サビはキャッチーだが、これと言ってメロディはない。歌詞も2パターンのリフレインだ。だが無茶苦茶かっこいいのだ。電球が切れる前、突然明るくなるあれに似たものかもしれない。そんなことにいろいろと思いを馳せて時折絶叫するのである。

 

 中島みゆき「ひとり上手」。語る言葉を持たない、持てない。偉大過ぎて。ただ、サビの「私を置いて行かないで」で感情があふれて、時折、泣く。

 

 甲斐バンドの「熱狂(ステージ)」。売れない頃の描写なんかに、舞台に立つ人たち、バンドマン、芸人、そんな人たちなら心に響く歌であろうと思う。そしてそのあとに続く成功を夢見るのだろう。ただもうサビに出てくる「夜汽車」は壊滅状態なのだ。

 

 松山千春「銀の雨」。これはいかに原曲キーで歌うかの勝負だ。歌詞なんかはね、ここまで耐えるか、というほどの耐え忍ぶ女性の歌。今の時代となってはこんな都合のいい女いねーよ、の世界。そういう時代であるので、今の価値観で断罪はしてほしくはないな、という思いはある。

 

 ブラック・サバスの「パラノイド」だ。想像してみたまえ、初老の男が一人カラオケで絶叫さながらにハードロックを歌う姿を。滑稽だろう?

 

 まあこんなところだろうか。そろそろ眠くなってきた。

 おやすみなさい。

浩文

 その男が訪ねてきたのは、一週間前のことだった。

 男はこんな田舎の集落では珍しく、濃い鼠色の背広に身を包んでいる。こちらに、浩文、というものがいるはずだが、と尋ねてきた。

 いや我が家に浩文という名前のものはいない、お訪ね先を間違っているのではないかと返すと、いやそんなはずはない、これを浩文君に渡してもらいたい、と長さ二十センチほどの木製の箱を押し付けるようにして去っていった。

 木箱は丁寧な彫刻が四面ぐるりを覆ってい、天地両面に寄木細工の文様が貼り付けられた、一目で作りが良いと分かるものであった。しかし彫刻といい寄木細工の文様といい、どこか妖しさを感じるものであった。

 箱の処遇を考えあぐね、あの男が、やはり間違いであったと取りに来るかもしれないので一旦は床の間に置いておくことにした。

 

 その夜。

 キチ、キチ、キチという虫の声のような音が家の中に響いた。音の出処は床の間からだ。

 何事かと思い床の間へ向かうと、音は止んだ。何だったのであろうかと釈然としないまま寝床へ戻ると、一時間ほどしてからまたキチ、キチと音が鳴った。床の間へ行くと音はすぐ止んだ。

 こんなことを三度も繰り返しただろうか、これはあの箱のせいなのだろうと見当をつけ、箱を見に行くことにした。

 当然ながら箱は昼間置いたまま、その場所にあった。少し違ったのは、天板の縁から、黒い粘り気のあるものが染み出していたことだ。不気味なので、明日にでも処分しようと思い、いったん寝床に戻ることにした。それから箱は鳴らなくなった。

 

 翌日、箱を処分しようと床の間へ向かうと、昨晩見たはずの、天板から黒くにじみ出たものはその影もなかった。夜中なので見間違いであったかと思い、今日まで一旦おいておくこととした。何か変なことが起きるようであればその時には処分をしてしまおう。見張りもかねて今日は次の間に寝ることにした。

 

 二晩目。

 あの、虫の鳴くような音は鳴らなかった。

 鳴らなかったが、次の間を、ざり、ざり、と畳を擦るような音が聞こえてきた、次の間には、他に誰かいる。誰かいて部屋の中を這いずっている。流石に不気味になり、目を開けるのも躊躇われた。

 やがて這いずる気配は床の間の方へ向かっていき、仕切りとなっている襖の向こうへ消えた。途端、昨晩より大きくキチキチキチキチと、鼓膜を劈くような音が響いた。

 布団から飛び出、襖を開けると、床の間一面があの黒く粘つくもので覆われ、その上に足跡が乱雑についているのが見て取れた。キチキチという音はいまだ止まずに響いていた。襖をばしんと閉め、頭から布団をかぶり、これは夢だ、と念仏でも唱えるようにうずくまって一夜を明かした。

 

 日も明けぬうちから、玄関の戸をガンガンと叩く音が聞こえた。出たくはなかったが、立ち去る気配がないので止むを得ず布団から出て玄関へと向かった。

 

 戸を開けると、先日の、鼠色の背広を着た男が立っていた。

 

 あの箱はいったい何なんだ、と問い詰めようとしたがそれより早く男は家に上がり込み、一目散に床の間へ向かい件の箱を持って足早に玄関へ向かった(なぜ床の間にあると分かったのだろう?)。

 男は靴を履きながら、この箱は間違いであった、これは浩文に渡すものではなかった、これは明宏のものだとぶつぶつ呟き、挨拶もなく出て行った。文句の一つも言おうと表へ出ると。男の姿はすでにどこにもありはしなかった。

 

 それからはあの嫌な音が聞こえることもなかったし、ましてや誰かが這いずるような気配もありはしない。鼠色の背広を着た男のことは夜中夢に見ることはあるが、ただそれだけであったし、何よりその男の顔は塗り潰されたようになってどのような顔であったかを思い出すこともできないのだ。

 

 

 

 

 

もしもロックが嫌いなら

 失敗した。

 この間の見合いは、断る気満々だった。だったんだが、お相手を一目見てときめいた。俺には不釣り合いなほどの清楚な女性。でもまあ、まさかの目は無いな。だから、ここぞとばかり色々話を盛った。

 

”読書はどのようなものを?”

”ええ、志賀直哉遠藤周作なんかよいですね”

 嘘つけ。本棚にはラノベがぎっしりじゃないか。あとはおまけ程度に司馬遼太郎の「坂の上の雲」。そんなもんだろう。

 

”どのような音楽をお聴きになられるの?”

チャイコフスキーストラヴィンスキー。旧ロシアの作曲家が好きなんです”

 何言ってやがる。iPodにはパープル、ツェッペリン、レインボウ。古いハードロックばっかりよくも並べやがって、幾つだ俺は。

 

 まさか、まさか。見初められるとは思わないじゃないか。

 

 それからは必死だ。話を合わせるのに「暗夜行路」だの「海と毒薬」だのを読み漁った。ついでに太宰の「如是我聞」も。あとは芥川賞取ったあたりをかいつまんで読んだ。

 柄にもなく「くるみ割り人形」や「ピアノ協奏曲第1番」、「火の鳥」や「ペトルーシュカ」「春の祭典」なんかを聴きまくった。こっちはまだハードロックに通じるものがあったので何とかなった。

 それでまあ、何とか話を合わせていったのだが。

 

 ほころびっていうものは、本人の気づかないところから解れていくものだ。

 少しづつ、彼女と話がずれるようになった。俺の話の、付け焼刃な嘘くささが見抜かれていったのだろう。その恥ずかしさで、俺は一人部屋でへたくそなギター(チェリーレッドのレスポール、俺の唯一の財産だ)をかき鳴らした。もちろんヘッドフォンを付けるのは忘れない。

 

 次のデートの日。ことのほか寒い日。彼女から遅れると連絡があった。

 ああ、これはすっぽかされるパターンかな、お見限りかしら、などと思い、分厚いダウンジャケットに身をくるむようにしてiPodでリッチーブラックモアズ・レインボウの「銀嶺の覇者」をガンガンにかけて、目を瞑り自分の世界に入っていた。

 不意に、前に人が立つ気配がありイヤホンを奪い取られた。見ると彼女がその奪い取ったヘッドフォンを自分の耳に当てていた。

 嘘がバレた。ああ、やはりもともと釣り合わない二人なんだ、あるべき姿に戻るだけじゃないか。

 彼女はしばらく聴いた後、ヘッドホンをこちらに寄こした。

 

「あ、あの」弁明などいらないだろう。

「もし、もしもロックが嫌いなら、その、嘘ついてごめんなさい」

 

「結構古いのが好きなんですね」と、彼女から意外な答えが返ってきた。

「私は、もうちょっと明るいのがいいかな。ボン・ジョヴィとか、ヨーロッパとか。あとはドラゴン・フォースとかメロスピも好き」

 これでも十分古いけどね、と彼女はおどけて見せた。

「よかった、こういう話ができる人で。でも、クラシックってハードロックに通じるところがあると思わない? ……」彼女は堰を切ったように音楽の話を、ハードロック、ヘヴィメタルの話を続けた。

 

 今度は彼女の好きな音楽を聴きまくって予習をしなければ。プログレッシブ・ロックならまだ勝ち目はあるかもしれない。

 そして今度は自宅に招いて、へたくそなギターを見せつけよう。

 

 

 

 

If You Don't Like Rock'n Roll / Ritchie Blackmore's Rainbow

 

波止場の決闘

「いいか、お互い恨みっこなしだ」
「勿論だ。生き残った方がシマをすべて貰う」
「ああ、あの世で泣き言いうんじゃねぇぞ」
「こっちの台詞だ、マヌケ」

 この二人のボスは、古式ゆかしい決闘に、この島の利権を委ねることにした。
 島の西側を治める、でっぷりとしたボスと、島の東側を纏める、痩せぎすのボス。この二人が今、波止場で相対している。

 立会人は、互いに信用のおける者を一人づつ。二人のボスは古式ゆかしく背中合わせに立った。

「それでは、我々が十を数えたら振り向いて。よろしいですね」
 立会人が告げる。

 一、二、三……。二人のボスは歩を進める。
 四、五、六……。西側のボスの顔面から脂汗が滴る。
 七、八、九……。東側のボスの手が震える。
 十!

 ボス同士が年相応にゆったりと振り向き、やはりゆっくりと懐から銃を抜く。
 それより早く、互いの立会人も懐から銃を取り出し、互いのボスに銃口を向け躊躇なく引き金を引き絞る。弾は違わず互いのボスの命を絶った。
 そして立会人同士、未だ硝煙の燻る銃口を互いの眉間に突きつける。

「……だよな、お前のところもそうだよな」
「ああ、今はこんなちんけな争いしてる場合じゃない、って言っても聞きやしない」
「その隙を狙って、他から付け込まれるのがオチなんだがな」
「で、どうする? 引くのかい」

 

 永遠とも思える数秒ののち、二人は銃を下し、抱擁をした。

 

 

要石の祟り

 村の肝煎、金五郎が鎮守様の要石を動かした。

 鎮守様の要石だけは触れちゃなんねぇ、祟りがあんぞ、って

 村のものは言い合ったけんども

 そったら迷信、俺ぁ信じねえっていって

 ご神木の二ツ杉の根元まで動かした

 そら、何にも起きねかったべぇ、と、金五郎は胸を張った

 

 確かに何にも起きなかった

 この集落には何にも起きなかった

 今の今まで何も変わらず

 あたりの集落から取り残されたように

 昔のまんまの暮らしをした

 

 新しいことなどが入ってきても

 なぜか村には根付かずに

 近在の集落が近代化していくのを横目で見ながら

 昔ながらの百姓仕事で

 なんも変わらねぇ毎日を送ってた

 

 いいことなのか悪いことなのかはわからねぇ、けんが

 あの時からこの集落の時は止まっちまった

 たぶんこれが要石の祟りなんだべな