2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧

情事のこと

女を抱いているときは大概そうだ。俺を上から見下ろす俺がいる。蛙のような格好で必死に腰を振る自分自身を眺めて、一時の情熱が急速に冷めていくのだ。それに加えて、目の前にある女の、べったりとした赤いルージュを引いた唇が俺の頭の中を一気に冷やした…

質問

「こんな手紙一通から、よくここまでたどり着けたものです。やはりあなたは評判通り優秀だ」「どんな評判か知りませんがね、有難いことです。それが私の財布を太らせてくれればいいんですがね」「確かに、依頼人の増えそうな評判はそんなに流れてませんね」…

鍵の解法

「持つべき者が手を掛ければたちまちのうちにその手中に収まる、か」剣士が誰にともなく呟く。「しかしこいつは岩には刺さってないぜ? ごつい鎖で宙吊りにされてやがる」ナイフを弄びながら、人相の悪い男が言う。「しかしながらこの刀身の文様や形状から、…

海三景

今までに見た海。中でも好きなものを並べてみます。ただし、どれもその時でしか見られなかったものばかりですよ。 1.観音崎から沖合を望む風景 横須賀美術館から観音崎灯台のバス停まで歩いて、横須賀行のバスを待ちながら沖合を眺めた時。明らかにスケー…

書け!

……ええ、そうなんです。ここのところ夜になるたびに、部屋の片隅から不可思議な音が聞こえるんですよ。こう、ペンの軋る音のようなね。 ゆんべなんかは、その正体を確かめてやろうと、こう、ずっと起きてましたらね、出てきましたよ、なんかよくわからないの…

背徳、悦楽

この屋敷の中庭には、プールがある。ただし、中庭へのアクセスはそう簡単ではない。いくつかの部屋を通り過ぎ、からくり仕掛けの扉を抜けて、ようやくたどり着くことができる。つまりは誰にも来てほしくないわけだ。そんなところに、僕は偶然だが辿り着いて…

Japanese Blues

まんま演歌だよな、と思う。繁華街から外れた小さな居酒屋で、今こうしてコップ酒を呷っている自分自身を思うと、可笑しくなってくる。ついさっきまで一緒にいた女、こう呼んでも今日は許してくれるよな、は、さっき逃げるように帰っていった。泣いていたの…

残酷な実学

熱帯雨林を思わせる森の中。道に迷った男が老杉にもたれかかり座っていた。 男の目の前には、一本の胡瓜。疲労困憊、空腹ではあるが、男は悩んでいた。 先刻、何かが男に囁いた。 ”わたしは、さいきん、ゴウ、という、ことば、を、おぼえた” ”ごう、ッテ、ド…

朝起きたら忘れているような

朝食の茶粥を啜りながら、僕は恐る恐る尋ねる。「あの天井に張り付いてるのは何だい」「レッサーパンダですよ。ほら、おなかの所が黒いでしょう」 と、連れが答える。あれ? 顔がぼんやりとして思い出せない。ま、いいか。「ああ、レッサーパンダだよな。で…

昼休み ~休憩~

「子供の頃さ、保育園でも幼稚園でもなんでもいいんだけど」「うん」「おやつが出たでしょ」「ああ、出たね」「あれで好きだったおやつってある?」「好きなおやつか。なんだろうなぁ」「俺はさ、肝油ドロップが好きだったな」「……やっぱりただものじゃない…

マッチを一本、擦る。ぼうっ、と橙色の火が燈る。しばらく眺めて、灰皿に落とす。そしてまた一本、火を燈して、灰皿に落とす。そんなことを、ずうっと続けている。灰皿には、マッチの燃え滓が山のように積まれている。 橙色の灯。ほんの少し、ほんの少しだけ…

焼肉賛歌

焼肉が食べたい。と言うか、モツが食べたいのだ。牛のモツ焼きを食べに行きたいのだ。 タンは塩。あまり厚く切ってはいけない。薄く、芸術的に薄く。それでも残る上質な歯ごたえを恋人との逢瀬のように味わうのだ。逢瀬は檸檬のように酸っぱいものだ。 ハラ…

Hope I, II

Hope I 小さな幸せでいいんだ 僕が、明日も生きていこう、と思えるくらいの 小さな小さな幸せでいいんだ 希望、と呼んでもいい 例えば ホテルに泊まったとき 枕元に置いてある一片のチョコレート そんな小さな幸せ 例えば 昔から傍に居てくれた 幼なじみの女…

No Reason Why

土間の真ん中には、アラジンの石油ストーブが一つ、上にはアルマイトの大ぶりなヤカンが乗ってい、しゅんしゅんと湯気を上げている。 ストーブの上面が出るように真ん中に穴をあけたテーブルがあり、そしてその上にせんべいなどが入った菓子盆と、人数分の湯…

人工無能

Lucy(プロトタイプ)"There is a paper bag." Lucy(第0.5世代)"There is something in this paper bag." Lucy(第0.5世代_日本語パッチ対応)「何かある この紙 中 かばん」 ルーシー(第1世代)「紙のバッグ 中 何か ある」 ルーシー(第2世代)「紙袋に…

裏山の決斗

”小林へ。裏山へ来い。決着をつける” とだけ書かれた手紙を俊平から渡された。僕は内心、めんどくせぇなぁ、と思ってはいるのだが、ここらで決着をつけるのも悪くない、と思い始めていた。 俊平が僕のことをライバル視しているのは知っているんだ。なんでそ…

ベット

「ルールはシンプルです。あなたの45メートル先にある、あの林檎にこのボールを当てれば、それであなたの勝ちです。オッズは1倍。よろしいですね」 ディーラーが告げる。「それでは、ベットしてください」 俺は脇にあったバッグを引き寄せ、口を開けてデ…

切り絵を売る男

四十年ほど前の話。と聞いている。 北へ向かう夜汽車のボックス席。男が二人、向かい合わせで座っていた。片や二十代半ばだろうか。少し派手目の背広だが、ネクタイはしていずに、シャツのボタンは2つほどはだけている。もう片方は歳が掴みづらい。四十半ば…

ゴチソウサマ

日曜日。ちょっと遅めに目を覚まして、キッチンに立つ。彼のワイシャツをちょっと借りた。で、腕まくり。こういうの、一回やってみたかったの。起きてくる前に準備しないとね。 まずは、グレープフルーツ、レモン、オレンジを一個づつ。半分に切って、みんな…

参道にて

とある神社の参道。正月で賑わっている。甘酒や汁粉が振舞われている。 参道の端、人通りの比較的少ないところに娘が立っている。 娘、見るからに人待ちの風体。娘、しきりに時計を気にする。 娘に近づく男女の二人連れ。薄い笑顔の男と、美人だが人好きのし…