地口の旦那

「饅頭は目黒に限る」
「のっけから間違えてます、旦那様」
「私が本当に怖いものはね、秋刀魚なんだ」
「まだ引っ張りますか、旦那様」
「隣の部屋にありとあらゆる秋刀魚を取り揃えておいてだな」
「豊漁ですな、旦那様」
「今度はあっつぅーい海鮮鍋が一杯こわい」
「そろそろ無理があります、旦那様」
「そこでこの蛇含草をぺろりとひと舐め」
「まだ何も口にしてないですよ、旦那様」
「そうっと覗くと、羽織を着た秋刀魚が座ってた」
「なんですかその陽気な竜宮城は、旦那様」
「……私はね、お前にそうやってポンポン言われる筋合いはないよ。まったく主を何だと思ってるんだい」
「申し訳ないことでございます、旦那様」
「いいかい、私はね、こうやってお前たちを楽しませようとだね、日夜地口や冗談に心血を注いでいるんだ。わかってるのかい?」
「承知しております、旦那様」
「聞く者全てが感涙にむせぶような魂のこもった地口をだね、私は追及しているんだよ。お判りかい?」
「わかっております、旦那様」
「その耳ぃほじりながら人の話を聞くのは止めておくれ! なんだい、馬鹿にしやがって」
「旦那様、あちらから小粋な御新造さんが」
「ぃやさ、お富、久しぶりぃだぁ、なぁあ」
播州屋!」
「うちの屋号で呼ぶんじゃないよ」
「そろそろお店に戻りませんと、旦那様」
「ん? ああそうだね。帰りましょうかねぇ」

 

「ああ、今日も楽しかったねぇ」

「左様ですなぁ、旦那様」

 


お題:「秋刀魚」「魂」「饅頭」

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情事のこと

 女を抱いているときは大概そうだ。俺を上から見下ろす俺がいる。蛙のような格好で必死に腰を振る自分自身を眺めて、一時の情熱が急速に冷めていくのだ。それに加えて、目の前にある女の、べったりとした赤いルージュを引いた唇が俺の頭の中を一気に冷やした。無様な格好を晒しながら、冷静になってしまった頭で考える。情念のままに相手の体を求めたのは、いつが最後だったろうか、と。
 
 四年前か。最後に、狂ったように相手を求めたのは。客観的に自分を眺めることもなく、まるで一匹の雄として自らの欲望を吐き出した。そしてそのあと、別れ話を切り出された。
 相手の顔を、もうあまりよく思い出せない。長いこと付き合ったはずなんだが。一緒にいたことやらなにやら、すべて虚ろになってきている。だた、可愛らしい赤い唇と、小松菜は土が多く付いているから他の葉野菜よりよく洗うの、と、よりによってその話かよ、っていうことだけ覚えている。

 

 財布に金をしまい乍ら、べったりとしたルージュの唇の女は、ふふん、と小さく鼻で笑い、部屋を先に出て行った。まあ、そんなもんだ。身支度を簡単に整えて、俺も部屋を出ていく。ホテルの安っぽい楕円形の看板が、切れかけた蛍光灯の光に照らされて、安っぽさを更に増している。

 ちょっとだけ、呑みたい気分だ。駅とは逆の繁華街へ、俺は踵を返した。



お題:「小松菜」「赤」「楕円」

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質問

「こんな手紙一通から、よくここまでたどり着けたものです。やはりあなたは評判通り優秀だ」
「どんな評判か知りませんがね、有難いことです。それが私の財布を太らせてくれればいいんですがね」
「確かに、依頼人の増えそうな評判はそんなに流れてませんね」
「でしょ? なんでこんなに危ない方面の者ばっかり回ってくるんだか。……とりあえず、手ぇ縛ってる紐、解いちゃくれませんかね。いまさら逃げもしませんよ」
「それはこちらのお話が終わってからですよ。ちょっとした謎々を出します。ただそれだけです」
「謎々? それを解けと」
「いいえ。説いても解かなくても。それは貴方の自由です。ただあなたのクライアントにお伝えいただきたいだけです」
「なぜそんな回りくどいことを? 直接伝えればいいじゃないですか」
「……その通りです。しかしながら、こちらもゲームを仕掛けてみたくなりましてね。あなたが出てくるとなったら、特に」
「買いかぶりすぎですよ。本当は浮気調査が関の山の調査員ですって」
「まあいいでしょう。そうして韜晦なさっていてください」
「これはどうも」
「目の前に缶があるでしょう。エンジンオイルのやつが」
「……ええ、ありますね。これが?」
「その缶の中は、コンクリートで満たしてあります。なんとなく、人の頭くらい入りそうな気がしませんか?」
「(無言)」
「問題その1。クライアントからの、あなたへの依頼は何?」
「……音信不通になっている息子の捜索依頼」
「問題その2。手掛かりは何かあった?」
「手紙が一通。書置き。明らかに誰かに書かされているやつだった」
「ここまでは、事実確認。それでは問題その3」
「ちょっと待ておいまさか」


「その目の前の缶、人の頭くらい入りそうな気がしませんか?」

 



お題:「セメント」「缶」「手紙」

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鍵の解法

「持つべき者が手を掛ければたちまちのうちにその手中に収まる、か」
剣士が誰にともなく呟く。
「しかしこいつは岩には刺さってないぜ? ごつい鎖で宙吊りにされてやがる」
ナイフを弄びながら、人相の悪い男が言う。
「しかしながらこの刀身の文様や形状から、エクスカリバーであることに間違いはありませんよ」
智者が知識の棚から言葉を紡ぐ。
「そんなことよりもだよ、そのえくすかりばぁの下にいる人は何なの?」
もう一人の剣士が指摘する。

 

確かに、その宙に縛り付けられた刃の下に、一人の女性が目を閉じ、小さくかしこまっていた。東方の者から見ればそれは、正座というものだとすぐ気づいただろうが。智者は風習風俗にはあまり興味を抱かれなかったようだ。白の貫頭衣のような衣服に下には赤いスカートのようなものをつけている。シャーマンのようなものだろうか。

「……私は、先の代からこの剣の守を仰せつかった者です」

「鍵として、ここでこの剣の守をしろと」

剣の下の女が静かに口を開いた。そして、短く続ける。

「私からの問いと答えは、これで全てです」

 

「……だ、そうですよ、旦那」
剣士が振り向き、奥に声をかける。華美な鎧に身を包んだ、おおよそ場違いと呼ぶにふさわしい出たちの男が、のっそり、いやがっしゃんがっしゃん音を立てながら向かってきた。

「美しい婦女子じゃあないか。いや、実に美しい。顔を近寄せたいがすまない、この鎧では屈むこと儘ならん」
嫌味であり、何かずれた口調で鎧の男が甲高い声で話しかける。だが、それに対する女性の答えは無い。

「智者くん、君に一つ知識を授けようか。この女性はね、東方では”巫女”と呼ばれている。神に仕えるものだよ。そして」
鎧の男は両手剣を躊躇なく振り抜き、その彼が”巫女”と呼んだ女性の首を刎ねた。
脈を打ち吹き上がる鮮血が刀身とそれを縛る鎖とにかかる。鎖は血の洗礼を受けるとまばゆい光を放ち、その姿を消した。
「彼女は言っただろう? ”鍵として”守をしている、と。鍵は鍵として使うもんだよ」
鎧の男は嘯き、宙に浮いた剣の柄に手を掛けた。

 

宙に浮いているのはエクスカリバーと呼ばれた剣だけではなかった。鎧の男にはねられた巫女の馘、それも地に落ちることなく宙に浮いていた。その首が、目の前で起きていることをよく呑み込めていない者たちに語り掛けた。
『愚者に止むを得ず付き従ってきた者たち、この場を立ち去りなさい。問いには答えたが、この男は器ではない』

 

既に鎧の男の声はなかった。その剣を中心に冷気がこの場所を支配していった。
鎧の男自身が氷の柱となりはて、剣をその内に収めてしまった。

 

付き従ってきた剣士たちの姿はすでになく、いつの間に現れたのだろう、氷に覆われた剣の前に、一人の巫女が傅いていた。
新しい鍵として。



お題:「氷」「巫女」「エクスカリバー

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海三景

今までに見た海。中でも好きなものを並べてみます。
ただし、どれもその時でしか見られなかったものばかりですよ。


1.観音崎から沖合を望む風景
 横須賀美術館から観音崎灯台のバス停まで歩いて、横須賀行のバスを待ちながら沖合を眺めた時。明らかにスケール感が違うコンテナ船が沖合をゆっくりと走っていく風景。普通に望めば普通の海なのですが、そこに異質な構築物が存在するという不思議。僕らは未来に生きてるな、と感じたものです。
 ちなみにですが、横須賀美術館から眺める海も、東京近郊とは思えないほど素晴らしい眺望です。


2.海岸通りから脇にに入った運河
 以前の会社が港区海岸にあり、比較的定時で上がれる仕事だったため、よく最寄り駅まで散歩がてら歩きました。駅へ向かうためには、大概いくつかの運河を渡る必要がありまして。その渡橋でしばらく運河越しに見える風景を眺めたりしたものです。東京湾越しに遠く光るオレンジ色の街灯。街灯なのかな、照明? それに照らされるガントリークレーン。そんなのを眺めていると時折、ぱしゃん、と魚が跳ねることがあります。恐らくはシーバスが、鰓洗いをしたんでしょうね。小さな波紋だけ残して。


3.カフェくるくまから見た海
 沖縄県の南端のほう、南城市にあるカフェから見た風景。ここにブランコが置いてありまして、そこに一人で座っている女性がいたんです。そのたたずまいが良かったので、一枚、お願いして写真を撮らせてもらいました。それが今タイトルに使っている写真です。……後姿だからいいですよね? 沖縄の海は、眺めるなら夏が一番です。空の青を反射して、より青く輝いて見える気がします。


たまには、お話ではなくこんなのでもいいかな。



お題:「写真」「海」「魚」

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書け!

 ……ええ、そうなんです。ここのところ夜になるたびに、部屋の片隅から不可思議な音が聞こえるんですよ。こう、ペンの軋る音のようなね。

 ゆんべなんかは、その正体を確かめてやろうと、こう、ずっと起きてましたらね、出てきましたよ、なんかよくわからないのが。けっこう小っちゃかったですね、毛むくじゃらでね。黒い毛玉みたいなやつで。そこに細ッこい手足がついてまして。

 自分の体より大きい、結構立派なペンを持って出てきましてね。ご丁寧に紙も一緒に持ってきてまして、やつの目の前に広げて、ペンをこう、えいやッと構えてですね。10分もじっとしてましたかね。

 そう、何にも書かないんです。そのうち傍にペンを置いて、こう、頭? を掻きはじめましてね、あれですね、ペンの軋る音じゃなくて、頭ァ掻き毟る音だったんですね。

 そんで小一時間もしたら、紙とペンを持って帰って行っちまいました。ありゃあ、何だったンでしょうかね。頭掻いてるから物掻き? 冗談言っちゃあいけねぇや、

 ……しっ、ほらそこ。そうそう、その部屋の隅んところ。あれですよ、あたしが見たのは。ありゃぁ、何ですかね。酒の小瓶持ってますよ。野郎、酒に逃げやがりましたね。

 

 おう、酒なんか飲んでねえでなんか書け!



お題:「瓶」「ペン」「音」

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背徳、悦楽

 この屋敷の中庭には、プールがある。ただし、中庭へのアクセスはそう簡単ではない。いくつかの部屋を通り過ぎ、からくり仕掛けの扉を抜けて、ようやくたどり着くことができる。つまりは誰にも来てほしくないわけだ。そんなところに、僕は偶然だが辿り着いてしまったのだ。


 プールの端に、人影が見えた。胸の双丘、チェロを思わせる線対称の曲線、美しく束ねられた黒髪。息を呑むほど美しい姿だ。ただ一つ違ったのは、その体、顔のすべてに至るまで鱗に覆われていることだ。人魚? かと思ったが、下半身は魚のそれではなく。ましてや上半身は先に述べた通り。彼女(?)はゆっくりとこちらへ向き直って、こちらの方をしげしげと眺めていた。そしてまた、ぷいと横を向いてしまった。

 後ろで人の気配がした。慌てて空き部屋を探しその中に身を隠した。

 二人の男、軍人と学者風情がやってきて、彼女(?)に近づいた。その鱗で覆われた体をなめるように見まわし、ふたりともにやりと笑った。そして手を伸ばして、鱗を一枚づつ、剝ぎ取った。彼女(?)は苦痛の表情を浮かべる。2人の男は、剥ぎ取った鱗を口に運び、何やら食しているようだ。愉悦の表情を浮かべる二人。さらに手を伸ばし、鱗を剥ぎ、口に運ぶ。そのたびに苦悶の表情を浮かべる彼女(?)。その苦悶の表情に、僕は言いようのない興奮を覚えていた。
 互いに10枚づつも剥いでは口に運び、満足をしたように二人の男は中庭から出て行った。僕はと言えば、彼女(?)に対する哀れみではなく、高揚感に包まれていた。そう、性的な興奮を覚えていた。僕は彼女、もう彼女でいいだろう、の元へ近づいて行った。
 少し怯えて僕を見る彼女に、僕はさらに興奮を覚えていた。そして彼女の体を、あの男たちと同じように、舐めるように見まわした。男たちに剝がれた鱗の跡から、澄んだ体液が脈打つように、どく、どくと溢れ出ている。僕はその体液に口を近づけた。
 旨い。わずかな塩の味を感じはするが、旨い。背徳感がさらに僕の興奮を高めた。。

 

 彼女は、旨いんだ。

 

 鱗を一枚、剥ぐ。先ほどは分からなかったが、鱗の付け根にゼラチン質の塊がついている。これを口に運び、歯でこそいで味わう。旨い。性的興奮を伴う旨さなんて、今までに味わったことなどない。置屋で味わうひと時の快楽など、どうでもよくなる。
 終始、彼女は怯えている。その様がさらに劣情を煽り立てる。今度は少し強めに鱗を一枚引きちぎった。が、少し様子が変だ。透き通った体液ではなく、緑色、そう、澱んだ沼のような深緑の液体が流れだしてきた。慌てて彼女の顔を見る。

 

 今までに見たことのない笑み。そう、僕に対する蔑みの笑みだ。僕は何となく感じている。彼女は、死ぬ。そしてこの中庭から解放される。とその時、僕の後頭部に固いものが当たる。銃口だ。さっきの軍人が戻ってきていた。銃床で思い切り頬げたを殴られ、そのまま屋敷の中を引きずられるようにして、表へと放り出された。そして、腹を思い切り蹴り上げられた。までは覚えている。

 

 気が付いたら目の前は真っ暗だ。布袋を被せられているようだ。後ろ手に縛られ、正座をするように座っている。首に何か、ずしりとするものが乗せられている。ガソリン臭い。ああ、タイヤにガソリンを入れてあるのだ。ネックレス、というやつだ。このまま処刑されるのだな。

 

 でも、後悔はない。あれほどの悦楽を味わってしまったのだ。その代償に、死は十分すぎる対価だ。

 


お題:「鱗」「タイヤ」「プール」

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