葱坊主

伸びすぎた葱坊主の畑の中で
彼女と僕は
ちょっとだけ
大人になった

青いジャージなんて
ロマンチックじゃないけれど
僕はジャージの手触りが好きで
だから彼女を抱きしめた

彼女は華奢で
抱けばそれは折れそうで
葱坊主が揺れたのは
きっと風のせいだけじゃない

 


お題:「青ジャージ」「ネギ」「缶ジュース

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実証実験

「……そう。念力、テレキネシスだね。それでこの鉄の塊を動かす」
「いくらなんでもそれは無理なんじゃありませんか?」
「うん、無理だろうね。位置を動かすのはね」
「と言いますと?」
「今回の実験では、分子を動かすのだよ」
「分子を」
「うん。この鉄の塊の分子構造を揺らす、と言えばよいかな」
「そうすると、つまり」
「この鉄の塊の温度が上昇するはずだね」
「温度変化を観察すればよいのですね」
「そういうことだ。じゃ、始めようか」


 始めようか、じゃねぇよ。
 人のことを獣みたいに鎖で縛りつけやがって。
 そうかよ。分子ってやつを揺らせばいいんだな。
 お望みどおり思い切り揺らしてやるよ。
 揺らすのは鉄じゃなくて
 お前らの水の分子だがな。

 


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〈 念力 〉
〈 温度 〉

レッスン

 リタイアを目前にしたある日、若いディーラーが困り顔でやってきた。なんでもピットボスを呼んでくれ、と言っている客がいると。勝負がしたい、と言っているらしい。確かに私は以前にディーラーをやっていたが、ずいぶん前の話だ。それをなぜ? 若いディーラーはさらに付け加えた。
「最後のレッスンだ、と伝えてくれと言われました」

 

 一台のルーレット台に向かう。私がこのカジノに世話になってから今までここに鎮座している。ここではいろいろ勉強をさせてもらった。本当はあまり大きな声で言うことではないのだが、あの当時、絶頂期の私はどの数字にも入れて見せる自信はあった。それもこれも、毎週木曜日に決まって現れて5回だけ勝負をしていくあの人のおかげだと思っている。


 その人はどの勝負も必ず2か所にベットをした。黒の18と黒の21、赤の15と赤の22、……そう、決まった数字の両隣にベットをしてきた。その数字に落として見せろ、お前が外せば俺の勝ち、ということだ。私も若く、まだかっとなり易かったので、その挑発に乗った。最初は2ドル、それで勝ったり負けたりを繰り返していき、徐々に額は上がっていった。私が記憶する一番最後の勝負では、彼が1000ドルの勝負を挑んできたはずだ。それ以降、彼の姿は見ていない。
 が、今目の前にいるのは、まぎれもなく彼だ。何も変わらない、と言いたいところだが、あれほどの偉丈夫がすっかりやせ細り、時折酸素マスクを口に当て、苦しそうに喘いでいる。私の姿を認めるなり、目元だけだが、にぃ、と笑った気がした。

 

 ほかのお客様には無理を言って、1対1の勝負をさせてもらうことにした。

「……先に、張る」

 そう言って彼は2ドルづつ、赤の1と赤の27にベットした。00に落とせ、ということか。あの頃の感覚を思い出し、慎重に球をリリースする。縁を回り続けた球が落ちた先は、……赤の27。やはり長いこと現場から離れて勘が鈍ったか。それとも、彼のこの姿を見てしまったからか。

「……もう、一勝負、だ。真剣に投げろ」

 また赤の1と赤の27にベット。1000ドルづつ。一つ深呼吸をした。目の前にいるのは死期が迫った老人ではない。毎週木曜に挑戦をしてきたあの人だ。00に落とせ、それで私の勝ちだ。

 リリースをした球は、永遠とも思える時間、ルーレットの上を走り続けた。
 
 
 
 勝負が終わり、私は一つ大きなため息をついた。
 彼はただ一言、楽しかったなぁ、と誰に言うでもなく呟いて、人ごみに消えていった。
 
 
 


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〈 宿敵 〉を倒した?

歩美ちゃん

 山奥の小さな小学校、それが僕の母校だった。過疎が進んでしまって、しばらく前に廃校になってしまったけれど。村に残った僕は冬の間に、校庭の隅の小さな花壇に三色菫を植える。花が開くと、それは笑顔のようで、この寂しい廃校舎が少しでも明るくなればと思って。

 

 ふと耳を澄ますと、音楽室のほうからオルガンの音が聞こえてくる。……オルガンなんてあったっけ? 「きらきら星」、「猫ふんじゃった」、この弾き方の癖、どこかで聞いたことがある。
 僕は校舎へ入り、音楽室を目指した。扉の前で一つ深呼吸をしてから、ゆっくりと中を覗く。
 10歳くらいの女の子が音楽室の真ん中で、オルガンを弾いているのが見えた、気がする。だってそれは、僕の同級生だった歩美ちゃんだったから。
 そんなことあるわけない、と思ってもう一度見直した。女の子は、今度は僕と同い年くらいの女性になった。覗いている僕に気が付いたようだ。僕に一つだけ、微笑んだ。三色菫のように微笑んで、消えた。
 
 その夜、幼なじみの祐介から、東京に出ていった歩美ちゃんが亡くなった、というメールが届いた。あの子、お前のこと好きだったろ、と余計なことが書いてあった。

 晩酌の焼酎のグラスを持って表に出る。凍てつく空気、天の川。春にはまだ遠い。

    春になれば、歩美ちゃんの笑顔のような三色菫が咲き誇る。だから、僕は三色菫を植えていたんだよ。
 歩美ちゃん、またね。



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〈 音楽室 〉
〈 過疎 〉
〈 菫 〉

精霊使いになりたい

「……お見事。カモミール、ローズウォーター、ユーカリオイル、三つとも正解。」
 私の師匠、勝手にそう呼んでいるだけだが、は、いつもと変わらずにこやかに言葉を発した。師匠が戯れに出した、ちょっとしたクイズ。その答え合わせ。このところ全問正解が続いて、私はとても気分がいい。
「私、精霊使いになれますか?」
 思い切って、師匠に尋ねてみる。

 

 私は精霊使いになりたいのだ。師匠のように、精霊使いとして、冒険の旅に出たいのだ。当然、親からは猛反対を受けた。特に母からは。父は普段何も言わないのだが、今回だけは反対をした。私が粘って粘って、やっとのことで師匠の所なら、と許可が出たのだ。

 

「今の問題は、セージやヒーラーとしての知識ですからね。まだまだこれから」
 師匠は結構厳しい。でも、それももっともだ。キッチンの火を入れるのに、私はまだサラマンダーすら使役できていない。
「私が教えられるのはそういった知識だけ。精霊使いになるのは、あなたと精霊たちの契約の問題ですからね」

 

「でも、見込みはあるんじゃないかしら。”あの”師団長ウォーケンの娘ですからね」
 そう、私の父は師団長をしている。なんでも昔、冒険者としてこの国の最大の危機を救った英雄のうちの一人として、今の領主様に取り立てていただいたのだとか。その時に一緒に冒険をしたのが、今目の前にいる師匠。2人とも、そんな大きなことを為した人とは思えない。父は冒険者のころの話なんて全くしないし、師匠もこんな物静かな人だし。
「あの、お師匠様。父はどんな人だったんですか?」
「あなたのお父さん、ウォーケンはね、あのまんまの人でしたのよ。口数が少なくて。でも、剣士としての腕は確かだし。何よりも仲間のために尽くす人でしたのよ。私も幾度となく助けていただいています。ウォーケンはねぇ、素敵な人ですよ」
 いま、師匠がちょっとだけ乙女の顔になった気がする。

 

「さ、暗くなってきましたね、ランプを燈しましょうか。やってみますか?」

 私はゆっくりと、小さく、でもしっかりとした意志をもって詠唱を始める。
「小さき竜、炎を宿し眷属よ。我が僕となりて……」

 師匠の訂正が入る。

「我が友として。」
「…我が友として此れに願う。火口を切りて灯の種とせよ」


「……燈りましたね。まずは精霊たちと心を通わせる、これが大事ですよ」
「はい!」


 精霊使いになりたい、ううん、なる。



お題:「サラマンダー」「灯」「ユーカリ

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疾る -はしる-


 コーナーの入り口で少しハード目にブレーキングをして、マシンを倒し込んでいく。クロモリ鋼のダブルクレードル・フレームは、その身をわずかに捩るようにして、コーナーを駆け抜ける。その様は、愛撫に応える様にも似て官能的だ。こいつとなら、堕ちて行ってもいい、堕落の道へと進んでもいいとさえ思える。まあ、相手は二輪車なんだが。

 

 決して限界近くまで追い込まない。誰よりも速く、なんてのはガラじゃない。誰よりも楽しく、そう誰よりも。コーナーを駆け抜ける度に絶頂を迎えるかのような愉悦、それだけは誰にも譲れない。

 

 この、ほんのわずかに残された旧国道。いまとなってはこんなとこに走りに来る同好の士もめっきり減ってしまって、平日であれば貸し切りも同然だ。電気自動車・自動運転が大半となってしまった今では、この旧国道は忘れ去られようとしている。行先まで自分で辿り着こう、なんて酔狂は居なくなっていくんだろう。
 対向から一台、軽やかにコーナーを駆け抜けてくる、大昔のレーサーレプリカ。どんな人が乗っているんだろう、まあ、誰でもいいさ、同志よ。

 

 私は拳を突き出し、彼はピースサインで其れに応えた。


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Including
〈 フレーム 〉
〈 堕落 〉

レストラン


その1

「それでは、これと、これ。あと、このサラダを」
「……どちらのサラダでございましょう」
「だから、この、……れサラダを」
「恐れ入ります、もう一度仰ってくださいますか」
「……気まぐれ、サラダを」
「もう一度、大きな声ではっきりと!」
「シェフの! 気まぐれサラダ!!」
「シェフの気まぐれサラダですね!!」
「……なんでこんな恥かしい名前のサラダしかないんだよ」

 


その2

「ご注文は」
「ああ、ペペロンチーノを2人前。一つは唐辛子を抜いてほしいんだが」
「……はい?」
「私の連れは辛いのが苦手でね、だからペペロンチーノの唐辛子を抜いてほしいんだ」
「失礼ですが、お客様」
「なんだね?」
「ペペロンチーノから唐辛子を抜いてしまったら、それはもうペペロンチーノと呼べません。そのようなものをお客様にお出しすることはできませんので、悪しからずご了承ください」
「いや、ただ唐辛子を抜いてくれるだけでいいんだが」
「それはもう、ペペロンチーノではございませんので」
「いや、名前はどうでもいいんだ、唐辛子を抜いてくれ」
「恐れ入りますが、それではお客様にお出しすることができません。なぜならそれはペペロンチーノではございませんから」
「じゃあ、”唐辛子を抜いたペペロンチーノ”を出してくれないか」
「それは出来かねます、お客様」
「なぜだね」
「”ペペロンチーノ”と呼ぶことができないからでございます」
「もういい、ほかの店に行く」

 

ほぼ実話。