円環(2)

 スキンヘッドたちは、そのまま私の人生に終止符を打たせよう、などと早まった考えをすることはなく、裏通りに面した雑居ビルの一室に私を連行したようだった。もちろん目隠し付きだ、実際にどこなのかは全く分からない。移動した時間もあてにはならない。間違いなく遠回りをしているだろうから。

 特に拘束されることもなく、殺風景な部屋に通された。ただ一つだけ置かれた、大きめの事務机。向かいの窓のブラインドは開け放たれて、オレンジ色の日の光が差している。事務机の向こうにはドレッドの男が正対して座っている。逆光となり、顔かたちの詳細は分からないが、心の奥底を射抜くような視線だけははっきりと見て取れる。男が軽く手を上げると、スキンヘッドたちは部屋から出て行った。
 
「無礼を致しました。いろいろと神経質になっている者たちが多いので」
 男は淡々と話をした。原稿を読んでいるようにしか聞こえない。
「……知っていると思いますが、人を探しています。心当たりはありませんか」
「スネークチャーマー、ですか」
 やはり感情は無い。
「そのような人間は、いませんよ」
「スネークチャーマーは、いないんです」

 

「嘘だ」
 その通り、嘘だ。いないのなら、なぜあれだけ神経質になった者たちが私を捕えに来る必要があるのか。少なくともスネークチャーマーはキーワードとして生きている。

 

「いや、スネークチャーマーはいないんですよ」
 今度は人の感情を備えた声が後ろから聞こえてきた。いつの間にやらこれといった特徴のない、どこにでもいそうな若者が、立っていた。
「スネークチャーマーと呼ばれる特定の人物はいない、と言った方がよいですか」

 

「本当に辿り着いているのかは大変に怪しいところですが」
 背後の若者が話を続ける。
ウロボロスがあるべき姿です。スネークチャーマーは仮の呼称に過ぎない」
 向かいのドレッドヘアは、ただこちらを見据えている。
「……二匹の蛇が互いを喰い合う。仲間なんてものじゃなく、いつ裏切るかわからない身中の虫同士として、互いを監視するってことか」

 

「おかげでうまく回っている」
ドレッドヘアが口を開く。
「互いに喰い合う姿は円環となる。トーラスとなる。トーラスは力となる」

 

 ふぅん、と小さく呟く。あの男にどうやって説明をすればいいのかね。こんなあるようなないようなものを。ここからは交渉だな。ある意味命がけだ。

「とある人物から、スネークチャーマーを探してほしいという依頼を受けました。事態は何となく、理解できたのですが。クライアントに報告を上げなければなりません」

 

「構いませんよ」
「どうせ〇〇組の方でしょう、クライアントは」
「これが初めてじゃないですから」
「私が知る限り、5人目」
「いや、7人」
「そうだったかな?」

「私たちの義理の父なんですよ、あれは」

 

 へ?
 なんかヤバイ利権とかそういうもの関係じゃないのか。

 

「私たちのやろうとしているシステムが理解できない。だから理解できるまでいろんな人間に探らせようとしているんですよ」
「蛇が自律して動く、というところから説明をしないと」
「大丈夫、あまりひどい内容でなければ報酬は出してくれますよ」

 

 私はそのまま解放をされた。何かキツネにつままれた、というか釈然としないものを抱えたままではあるが、一旦これで報告を上げよう。
”スネークチャーマーはいない”

 

お題:「人」「物」「場所」

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