地口の旦那 ~ 番頭さんのお話
「お呼びですか、大番頭さん」
「ああ、こちらへ。……いやそんなにかしこまらなくていいですよ、上下の関係じゃあないんですからね」
「恐れ入ります」
「で、どうだい、ここのところの若旦那の様子は」
「大旦那様が臥せってからは。だいぶ参っておられますな」
「大旦那様は若旦那をかわいがっておられましたからね」
「その通りで。……まあ若旦那様があの調子でしたから、よろしく頼むと私を直々に若旦那様にお付けになられて」
「そうだねえ。若旦那に付いて、もうずいぶんになりますね?」
「ですな。かれこれ五年ほどにもなりますか。……そんな世間話をしに私を呼んだので?」
「そうだね、そろそろ本題に入りましょうか」
「大旦那様のお加減、ですか」
「そう、そのことさ。私ども、大旦那様にはここまで大きくしていただいた恩がある」
「その通りです」
「でもね、恩は恩としてだ。私どもは商人でもある」
「へえ」
「いいかい、お前さんだから腹を割って話すよ。正直、大旦那様はもう長くない」
「……」
「だからね、そろそろ大旦那様が亡くなった後の、この店の絵を考えておかないとね」
「……、そう、ですな」
「正直なところ、若旦那はどうだい。このお店を支えるだけの器かい?」
「人はぁ、……人は、好いですな」
「私はね、申し訳ないがあの若旦那では保たない、と踏んでいるんだ」
「まぁ、傍から見たらそのように映るでしょうなぁ。私でもそう思わないでもない。でも」
「それでね、私はお店を割ろうと思うんだ。お店のものにはもう言い含めてある」
「ああ、流石は大番頭さん手際のよろしいことで」
「それでお前さんだよ。私はね番頭さん、お前さんを買ってるんだよ」
「それはありがたいことで」
「どうだい、一緒に来てくれないかい」
「若旦那様を抛り出して、ですか」
「このお店は大旦那様が一代で大きくしたものだ。大旦那様がいなくなったら長くは保たないよ」
「答えるの、ちょいと待っちゃぁくれませんかね」
「ああ、いい返事を待っているよ。どうだい、少し飲っていくかい?」
「……いや、やめときます。それじゃ大番頭さん、この辺で失礼します」
廊下に出て
障子を閉めて
自分の部屋へ戻る。
寝床に潜り込んで
はぁ、っとひとつため息を漏らす。
「あの人の正体は、大番頭さんでも掴めなかったか」
ひとりポツリ、と呟いて、布団にくるまっちまった。
それから半月を待たず、大旦那様は亡くなった。
葬儀はお店を挙げて、それは盛大に執り行われた。
つづく