知ってはいけない

 いま、この国は急激な成長を遂げている。残念ながら我が母国のことではない。東南アジアのとある国、その主要都市に俺はいた。抜けるような青空と白く流れる雲。それを徐々に削り取る高層建築物。まさにスカイスクレイパーという奴だ。どの国でもそうだが、そんな繁栄は結局上澄みに過ぎない。その奥に澱んだものこそ、その国の本当の姿、本当の人の営みだと俺は思う。

 ちょっとばかり格好をつけすぎた。この国のそんな闇の部分を取材に来た俺は、街角の路上カフェで情報屋と落ち合う段取りをつけて今まさにそこで待っているのだが、すでに約束の時間から30分は経っている。すでにどろりとしたコーヒーも3杯め、練乳ばっちりの、頭に響くような激甘コーヒーもつらくなってきた。隣じゃ20くらい年下の現地女性を連れた同胞が、イチャイチャよろしくやっている。

「ありさわサン、待ちまちタカ?」
「アリサワは先にホテルで待ってますよ」
 答はこれでよかったはずだ。

「……ほてるマデ送りマショ。後ろに乗てクダサイ」

彼のバイク(排気量のでかいカブだ)の後ろに乗ると、なかなかのスピードで走り始めた。この音なら会話の内容を聞かれる心配もないと思ったか、時折こちらに話しかけてくる。

「これから行くところは、本当にヤバイヨ。なんで行くの」

ものすごく流暢に俺の国の言葉を喋ることに軽く驚く。待ち合わせ場所でのあれはフェイクだったのだ。

「オーダーの通りだよ。行方不明になった日本人女性について取材している」
「知っていいことトいけないことアルヨ。大丈夫?」
「知っちゃいけないことなんて、この世の中にはないよ」

 俺は嘯く。この都市伝説だって、本当かどうか見極めたいじゃないか。
 ダルマ伝説。女性海外旅行者が行方不明になって、両手両足を落とされて見世物がてら客を取らされる、という話。俺はそれを追っている。

「着いた。ここダヨ」

 俺は情報屋に少し多めの札を握らせて、その建物の中に案内をしてもらった。


 肩から上腕にかけて刺青を入れた男二人に担がれて、幾度となく殴られ血と痣だらけの男が路上に放り出された。
 折しもスコールがアスファルトを叩き、この細い路地を川のように変えている。その中に顔を半分うずめるように、うつぶせに倒れたままである。
 刺青の男たちの間から、情報屋が顔を覗かせる。

「言ったでしょ、知っていけないことある、って。ダルマはね、そんなのないよ。ウワサウワサ。でもね、ほかは知っちゃダメ」

 刺青の男の一人が近づき、懐から銃を取り出し、消音器を取り付けた。


次に続く?


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〈 上澄み 〉
アスファルト
〈 だるま 〉

 

もう一つの名前

「今日ね、”もたけゆしし”と”わみべつごら”がひゅうが君ちに来てたの」
「”わみべつごら”は、”とままをいと”と仲がいいんだけど、”もたけゆしし”とは普通なの」
「”とんぎぼしら”は暴れん坊だから、皆に嫌われてるよ」
「みんなのお友達はね、”けそ”。”けそ”はみんなと仲がいいんだ」
「”けそ”は”つぺぶ”とも仲がいいんだよ。ほかのみんなは”つぺぶ”が嫌いだけど」
「これね、みんなひゅうが君が名前を付けたの。名付け親なんだよ」
「みんなひゅうが君のお父さんの名前なんだって」
「ひゅうが君のお母さんはみんなの名前を知ってるけど、ひゅうが君は名前を知らないの」
「だからひゅうが君が自分で名前を付けたんだって」
「”もたけゆしし”は、お酒をたくさん飲まされたんだって」
「”わみべつごら”は、お薬を飲んだらたおれちゃった」
「”とままをいと”は、海に行ったときに遠くまで行っちゃったんだって」
「”とんぎぼしら”は、バットでホームラン」
「”けそ”と”つぺぶ”も、お薬飲んでたおれちゃった」
「みんな、お庭で寝てるんだって。寂しいからって、ママがお花を植えたんだってさ」
「これ?ひゅうが君からもらったの。”つぺぶ”のところにあったんだって」
「うん、たぶんメガネのレンズだと思うよ。透明できれいでしょ?」



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< 名付け親>
最後の段落で< 透明>

おでんのかみさま

ぽちゃん。
「おっと、うまく取れなかったぃ」
「……お前が落としたのは、この大根かな? それともこのこんにゃくかな」
「なんだお前は、突然おでん鍋から出てきて藪から棒に」
「私は、神だ。それもおでんの神様だ」
「そんな中にいて熱くないのかい」
「喰いつくところはそこか。それでお前の落としたのはどっちだね」
「卵」
「そうかこんにゃくか。あれは滑るから箸で掴みづらい」
「卵だって」
「そうか大根か。この大根はよく味が染みているように見えるがな、芯はまだちょっと固いのだ」
「卵だよ、卵」
「そうかすじだったか。これは関東風なので魚の練り物になっとる」
「おい神様」
「ちくわが欲しいのか?」
「た・ま・ご・を・よ・こ・せ」
「……ああ! あーあーあー! 卵な、卵たまご」
「そう、さっきから言ってるだろうが。俺が落としたのは卵」
「それではこのばくだんを」
「ちょっとそのおたま貸せ。俺がとる」
「いやいやそうはいかん。このばくだんはな、大きなボール揚げのようだが、実は中に鶏卵が入っていてな」
「もう一回言ったほうがいいか? 卵だよ、卵!」
「……こっちだって卵が入ってて美味しいのに……」
「ああ、もうわかったよ、そのばくだん、てのでいいよ。それでいいから早くくれよ」
「そうか、お前は素直ないい奴だ。この金のばくだんをあげよう」
「ちょっと待て、金のばくだんじゃ食えないだろうが。普通のばくだんをよこせって」
「それでは用があったらまた呼んでくれたまえ」
「ちょっと待て、どこ行く気だ神様」
「さらばだ」
「ああ、帰りはそっちか。鍋から出て帰っていくのな。……この鍋、意外と高さあるんだが、机の上まで足届くか?」
「ちょっと厳しいかもしれん。すまんが何か踏み台になるものを貸してくれないか」
「おちょこ逆さにしたのでいいか?」
「ああ、十分だ、ありがとう。それではさらばだ」
「あの、神様」
「何だね」
「白滝、取ってもらえますか」


ちゃんちゃん



お題:「卵」「神様」「机」

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ピクニック

「今日はこの辺りにしようか」
 僕は後をついてくる彼女に声をかける。彼女はただ黙って、小さくうなずく。あまり色気は無いんだけれど、ピクニックシートを敷いて、二人でその上に腰を掛ける。空は青空、最高だ。


 僕はお気に入りのツイードのジャケットにハンチング帽、それにアーガイル柄のソックスと靴はブラウンのウイングチップ。彼女は、チェックのボタンダウンのシャツの上から暖かそうなセーターとふわっと波打つスカートにワインレッドのタイツとシンプルなスニーカー。まあ、二人ともちぐはぐかも知れないけどね。


 そして、僕はお気に入りのものをもう一つ取り出す。オプティマスのガソリンストーブ、123R。ホワイトガソリンを燃料に使う、主にキャンプなんかで使うコンロみたいなもの。これに火をつけるのが儀式っぽくて、火をつけたら、ゴォーっという音がいい感じで、楽しくてたまらない。2人分、お湯を沸かすことにした。

 

 もう一つ準備をしたのが、通信機。20cm四方くらいの大きさ。ラジオみたいに見えるけどちょっと改造をして、秘密の回路を追加してある。何の回路かは内緒だ。こっちは、彼女の受け持ち。周波数を合わせて、ノートを取るために画板を持って座っている。
 
 パーコレイターではお湯がいい具合に沸騰し、僕は2人分のお茶を淹れて、一つを彼女に差し出した。彼女は持っているペンで画板をコツコツと2回叩く。話したいことがある時のサイン。彼女はペンでノートに走り書きをした。

 

”通信が途切れた。最初のメッセージ以降、なにも来ない”

 

通信機に組み込んだ乱数解読回路で復調したメッセージはこう言っていた。
”政情が変わった、自らの進退を決めよ”

 

 クーデターか、革命か。どっちでもいい、とにかく僕らにとってまずい状況に変わったのは間違いない。僕らの所にも何か来るのか。お茶を持つ彼女の手は震えている。

 今、余計なことを考えても仕方ない。まずはお茶だ、お茶を飲もう。そしてピクニックの続きをしよう。進退を決めるのはそのあとでもいいじゃないか。

 


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< 青空 >
< 沸騰 >
< 回路 >
< 波 >

実験

「この惑星にやってきてから、我々が第二世代となる」
「この星の自転周期は、約184年、非常にゆっくりとしている」
「ここで重要なことを確認しなければならない」
「我々の少年時代からゆっくりと暮れていった陽が、2時間ほど前に完全に沈み、これから夜を迎えることとなった」
「これが何を物語っているか。およそ80年以上の夜が続くということだ」
「この基地内にいる限りは太陽光に変わる灯があるので健康上の問題はない」
「しかしながら、我々の世代では、夜明けなんて一生、見ることはできない」
「我々がするべきことは、第3世代へとこの実験を繋ぐことである」
「それこそが、見ることのないであろう夜明けに代わる希望であると信じる」


惑星p-19768
コロニーにおける生態系の維持に関する実験
トラブルにより、第2世代を以って実験は中止
被検体は全て死亡
なお、中止に至るトラブルはコロニーの構造によるものではなく、
被検体間の感情的な問題に起因するものと思われる。

 


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<夜明けなんて一生>

30年目のデート

 今度の日曜にちょっとドライブに行かないか、と切り出したのは隆の方からだった。そうなった場合にただ一人、家に残る予定の高校生の次男は、あまり関心も持たずにただ、行ってくれば、とだけ返した。まあ、この年頃なら両親が留守のほうが羽を伸ばせていいだろう。あわよくば彼女くらい家に呼べるかもしれない。

 日曜日の朝、千鶴を助手席に乗せて車を走らせる。ここ最近の二人のまま、道中あまり言葉は交わさない。冷めてる? そうかもしれないな、と隆は思った。だから、このドライブに来たんだ。
 県を一つまたいだ、あまり大きくない町の中学校に車を停めた。正門の左側に三本の桜が、昔と変わらず生えている。ただ、今日はまだ桜の花には早すぎる。

「校内には入れないから、正門の前でいいかな」
 隆は桜の木を見つめながら独り言。
「ドライブっていうからどこか観光でもするのかと思ってた。ここ、私たちの出身校じゃない。なんでここなの?」
 千鶴は少し不満そうに隆の方を見つめずに少し目を逸らしている。

「30年だね」
「え?」
「この桜の木の下で、僕が君にプロポーズしてから」

 覚えてたの、と千鶴は目を丸くして隆を見た。少し意外な言葉が彼の口から出たのを、まだ受け止めきれない。隆は言葉を続けた。
「君はもう、冷めたと思っていただろうね。いつもの生活に追われて、いつもの生活を守るのに二人とも必死だからね」
 結婚するって大変だな、と隆は小さく笑った。そして、千鶴を手招きして呼んだ。隆はポケットを探りキャラメルの箱を取り出して、そこからひとつ、千鶴に手渡した。

「これ……」
「そう、あの時と同じだろう? 君と一緒に食べたキャラメルだよ」
「あれ、グリコのやつじゃなかった?」
「いいや、森永のだよ。間違いない」

 千鶴は目に涙を溜めながら笑っていた。その顔を見て、ああ、あの頃みたいだな、と隆は心の中で思っていた。僕はこの笑顔が好きだったんだ。この笑顔をずっと見ていたいと思っていたんだ。隆は力強く千鶴を抱きしめた。少しだけ拒否の力強さを感じたが、それは驚きからであって、すぐになくなった。

「君は幸せかい?」
「幸せじゃないように見える?」
「いいや、と己惚れておく」
「子供を二人も授かって、とっても幸せです」
「今でも君が、大好きだ。これだけは本当だ。
 改めてプロポーズするよ。これからも、僕と一緒にいてほしい」
「うん」
「これから、もうちょっと二人で笑い合える時間を作ろう」
「……うん」
「明日からまた、よろしくお願いします」
「はい!」

 明日から、少しだけでいいから笑顔が増えた家庭になるといい、と隆は思っている。
 明日から、無理やり作った偽物の笑顔じゃなくて、心の底からの笑顔が増えるといい、と千鶴は思っている。

「今度は、桜が咲くころに子供たちと一緒に来よう」
「そうね。……彼女がいたら来てくれないよ」
「彼女も一緒に連れてくればいいさ」
 千鶴は、隆の脇を軽く小突いた。

 


お題:「桜」「キャラメル」「偽物」


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地口の旦那、再び

「あのね、番頭さん」
「何でございましょう」
「この間の寄り合いでね、ちょっと面白い噂を耳にしたんですけどね」
「またしょうもないことを伺ってきたんでございましょう、旦那様」
「相変わらずお前は口が悪いね。噂っていうのはね、この世の真理に関わることなんだよ」
「ほら、しょうもないじゃないですか」
「そう頭ごなしに言うもんじゃないよ。いいかい、この世の真理と富を手にする暗号を聞いてきたんだよ」
「はい、伺いましょう」
「なんでもね、”一つだけ山に向かって立つモアイ像の頭から天然水をかけると、すべての真理に近づく”らしいんだよ」
「はあ? モアイ、ですか」
「そう、モアイ。沖縄の方でやってる無尽講」
「それは模合です」
「沖縄の手帳には、模合帳がついてるらしいね」
「よく知ってますね、旦那様。沖縄にお友達でもいるんですか」
「番頭さん、ちょっとモアイの頭から天然水をかけてみておくれ」
「よございますよ。つきましてはモアイの所までのお足を頂戴いたしたく」
「遠いところなのかい? いくらほど出せばいいんだい」
「まあ、お安く見積もってウン十万円ほどはかかりましょうか」
「そんなにするのかい! ……渋谷のモヤイ像じゃダメかね」
「そりゃあダメでしょうなぁ」
「真理や富というのは簡単には辿り着けないもんだねぇ」
「地道に商いをするのが一番でございますよ、旦那様」
「ああ、そうだ。それを試してみよう」
「また何か思いつきました?」
「ほら、街角になぜか貼ってあるあのポスター、ほら、ピース何とか」
「ああ、世界一周の船旅のあれですか」
「あれね、大概モアイの写真が出てるじゃあないか」
「それに水をかけても何にも起きません」
「なにもそんな瞬殺にしないでもいいじゃあないか」
「第一、山に向いているかもわからないじゃないですか」
「お、興味ないふりしてそこは覚えているんだねぇ。さすが腕利きの番頭さんだ」
「興味がないといえば噓になりますか」
「じゃあ、そのうちにモアイのある所まで行きましょう」
「その前にお店に帰りましょう」
「そうだね。ああ、今日も楽しかったねぇ」
「さようでございますな、旦那様」

 


お題:「モアイ」「天然水」「街角」


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