シャトルコック

 呼び鈴を押してからしばらくすると、階段を転げ落ちてくるような足音と共に玄関が開いて、千鶴が顔を出した。その時はニコニコとしていたくせに、来客が僕だと分かった途端、つまらなそうな顔になってしまった。

「これ、お前の母ちゃんに頼まれたやつだって」
 僕はビニール袋一杯に詰め込まれた林檎を差し出した。千鶴は、ん、とだけ言って、素っ気なくそれを受け取り、奥へと持っていく。どうしよう。僕はここで待っていた方がいいのかな。玄関の隅にバドミントンのシャトルコックが二つ、転がっていた。
 しばらくすると奥の方からまたドタドタと足音が聞こえてきた。よく掃除のされた廊下で、靴下をはいて走るものだから、千鶴は玄関先で危うく転びそうになる。
「お母さんがね、ありがとう、って」
 千鶴はやはり素っ気なく言った。昔はよく一緒にふざけ合っていたのに、なんか寂しい。千鶴だけ、階段の一つ二つ上の段にいるような感じだ。
「なあ千鶴、日焼け、ずいぶん薄くなったな」
 部活命で太陽の下走り回っていた千鶴の褐色の肌は、もう随分と褪せていた。
「うん、やっと白くなってきた」
 千鶴は呟くように言った。
「でもさ、部活で真っ黒になってる千鶴のほうがいいな」
 僕は空気が読めないんだ。肩のあたりを三つ、思いっきり叩かれた。最後にぽすん、と弱く殴られた。千鶴の目を見ると、涙が少しだけ滲んでいた。まずい、これはまずい。僕は僕自身を責めた。どうしようか、どうしよう。

「肘、治るんだろ」
 千鶴は小さく、ん、と頷いた。
「でも、いつになるかわからない。そんなに待つの、辛い、辛すぎる」
「なあ、俺にバドミントン教えてくれない?」
 はぁ?! と千鶴。
「ラケット貸してくれよ、俺に教えるのは嫌か」
 ちょっと待ってて、今ラケット持ってくるからと、二階の自分の部屋へ、やはりドタドタと上がっていって、やはりドタドタとラケットを二本抱えて降りてきた。

「私、厳しいからね。覚悟しなよ」
 千鶴はシャトルコックを、高く打ち上げた。そして、冬の澄んだ空に輝く太陽の中に溶け込んでいった。

 

 

ふっとさん:

『りんご』『バドミントン』『太陽』で小説を書きましょう。頑張ってくださいね!