烏森口、三次会、夜

 この駅の周りにこれだけ飲み屋があるってことは、この周辺にどれだけの会社があってそこに働く人がいるか、っていうことが、それだけで計り知れるってもんじゃないか。そしてどれだけのサラリーマンが憂さを晴らそうとしているのかってことだよ。

 それが証拠に見てみろ、だいたいの店にそこそこの人が入ってるじゃないの、って。わかるだろ? ここだってそうだ、俺たちだってこんな座敷の端の方に押し込まれてなあ、……しかし狭いな。居酒屋なんてこんなもんだとは言うもののなぁ。

 第一さ、会社から駅に向かう途中にこんなに飲み屋があるのがよくないよな。寄ってけって言われてるようなもんだもの。寄らずに帰ればいいじゃないですかって、いやその通り、その通りなんですよ? でもさ、帰り道にコンビニがあったら、とりあえず入っちゃうだろ? それと同じだよ、うん。呑めって言われちゃあ、呑まない訳にはいかないじゃありませんかってことですよ、ねえ。そうでしょ、なに、ああごめんなさい、うちの連れは左の方でしたね。すいませんすいません。……あなたもそう思いますか! そう思いますよねぇ、こんだけ店があって入らずに帰れってのが無理な話だ。いやあなたはいい人だ、握手しましょう、握手。

 で、なんだったっけ。ああコンビニだったっけ。とりあえずおにぎり買っちゃうね、俺は。別にすんごい食べたいわけでもないんだけどさ、だから健康診断でメタボだって言われちゃうんだよな。痩せなきゃなぁ、ってここで呑んでちゃ痩せらんねぇか。

 お、なにもう帰るの? なんだもうちょっと呑んでけよぅ、あ、嫁さんか。そうだよなぁ、こんなところで呑むのももう今時じゃ流行んないよなぁ。まあ仕方ないよな、ちょっとづつ変わって行くもんだよ、こういうのは。オゥ、お疲れ! 気を付けて帰れよ!

 

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 いやー呑んだ呑んだ。

 今のところの総額が……、ちょっと痛いかなぁ、でもまあ立場上しょうがないか。今どき気い使って付いてきてくれているんだ、このくらいは立場上ね。

 たまにはさあ、一人で静かに飲りたい時もあるんだよ、本当はね。でもここの街は、静かに飲るには明るすぎるんだ。沁みじみ憂さを胸の奥に落とし込む場所じゃあない。

 沁みじみするには呑み屋が多い、人が多い、会社が多い。色々多すぎるんだよな、新橋はさ。

 ここじゃ、ムシャクシャとしたものを、どーんと騒いで賑やかに送り出してやる。そんな街だから、人が多い街だから仕方ないな。

 

 おっと、ちょっと急がないと終電ギリギリだな、……走りますかね。

 

 

 

新橋