ウグイス

”ウグイスはカナリヤに一目惚れ

また会いたいと思っていたら

反対側でまた出会い

束の間並んで 共に飛び

となり同士となったとさ

でもそれは そこまでのこと

カナリヤは

アカショウビンに連れられて

離れ離れの泣き別れ

ウグイスはただ一羽

また会えるときを待ち焦がれ

巡り巡っていったとさ”

 

「何、これ?」

 父が差し出した紙片を見て、僕は尋ねる。

「ゲームだよ。今度の日曜がいいな、この “ウグイスとカナリヤが出会う” ところまでおいで」

 僕の頭の中は「?」で埋め尽くされる。ウグイスとカナリヤが出会う場所って、どこ? それよりもなんでこんなことしなくちゃいけないの?

「こういうのは嫌いだったか? 結構無理やりだからそんなに難しくはないぞ」

 と言って、にんまりと笑った。なんだ、自作かよ。

「まだまだ父さんのほうが凄い、って証明しないとな」

「いやなんでこんな勝負に乗らなきゃいけないのかわけ分からないから」

「そうか、残念だな。我が家の大切な秘密をお前に託そうと思っていたんだけどな」

 じゃあそれは父さんが墓の中まで持っていくか、と言って窓の外を見た。その時かすかに、

「今じゃなきゃ、ダメなんだ」

 と呟く声が聞こえた。

「わかったよ、この他にヒントはないの?」

 僕は紙片を取り、父の挑発に乗った。その瞬間の、父のしてやったりといった顔を忘れない。

「都内の、どこかだ。難しくはないから。そこで一日待ってるから、必ず一人で来るんだぞ」

 

 それから日曜までの間、日曜まで二日しかなかったのだが、暫しの間考えた。脇から弟が興味深そうに覗き込んできて、なにこれ変なの、とだけ言ってどこかへ行ってしまった。

……ウグイス、カナリヤ、アカショウビン。みんな鳥の名前なのはわかった。鳥が出会って一緒に飛んで、別れ別れになって。どこかの公園かな? 鳥がいそうなところはそれくらいしか思いつかない。でもさ、こういう言い方をするってことは、これは鳥じゃない何かなんだよ、きっと。ウグイス……、カナリヤ……、カナリヤ、ウグイス、色! アカショウビンの画像は? やっぱり! 

 それじゃあ、ここだ!

 

 日曜日の朝はやく、僕がまだ寝ているうちに、父は出かけて行った。母に伝言が託されていた。

“来るのは昼過ぎでいいぞ”

 それなら、たっぷりと時間をかけて行けばいいか、三時くらいに着くように。待たせるだけ待たせてやる。でも待てよ、さっさと目的地に行って鼻を明かしてやってもいいな。

 という事で、僕はお昼ほぼジャストに代々木駅にいた。父はにっこりと笑って、僕を迎えてくれた。

 

 ウグイス色は山手線、カナリヤ色は総武線秋葉原で一目惚れして、代々木でまた会って。新宿まで一緒に走って、総武線アカショウビン、たぶん中央線と一緒に離れていく。山手線は、また秋葉原を目指していく。どうだ。

「ああ、簡単すぎたかぁ。大正解だ」

 父は機嫌良さそうに大笑いをした。

「でもさ、『ウグイスはウグイス色じゃない』んだよ」

 少し自慢げに僕は言った。

 父は、ああそうか、とだけ言って、相変わらず笑っていた。

 

 ホームのベンチに並んで座り、父はぽつぽつと話し始めた。

「あの問題な、昔母さんに渡したやつなんだよ。お母さんは総武線を使ってて、父さんは山手線で。たまたま代々木駅で一緒になったんだ。ラブレターのつもりで渡したんだけどな、ちょっと引かれた。

 でもよく俺なんかと一緒になってくれたと思うよ、母さんにはほんと頭が上がらない」

 総武線が停まり、そして走り去った。

 そんな話を父とするのは、おそらく初めてだろうと思う。僕は少し照れくさくて、うつむいて聞いていた。

「さて、と。我が家の秘密を伝授しなければな。……と言っても、つい最近できた秘密なんだけどな。……父さんな、がんなんだって」

 山手線が客を吐き出し、新宿へ向けて走り出した。

 僕はうつむいたまま、それを聞いた。なんでもない風を装った? いいや違う、父を見る勇気がなかったのだ。

「母さんはまだ知らない、お前に初めて話した。何かあったら、母さんたちを頼むよ。お願いします」

 隣で、父さんが頭を下げる気配がした。なんで僕なんかに、そんな重たいものを持たせようとするんだ。そんな頼み方をされたら、断るわけにはいかないじゃないか。

 

「さて、そろそろ行くか。何かうまいもの食べて帰ろう。なんでもいいぞ?」

 父は、父さんはいつもの調子に戻って言った。

 今まさにホームに滑り込んで来た山手線に、僕らは乗り込んだ。

 

 

 

代々木

 

 

 

 

出られるのか

 ホームは人で溢れている。到着する列車から吐き出される人、人、人。それを受け止めるのは、島式ホーム一本だけ。改札口は二つあるにはあるが、どちらも人が掃けていく気配がない。

 

 そして、その真っ只中に、俺はいた。

 

 二進も三進も行かない、とはこのことだ。進むも叶わず退くも能わず。そうしているうちに山手線の銀色の車両が人々を吐き出し、その新たな降車客たちがやっと空いたスペースを埋め尽くし、元の木阿弥となっていく。

 

 少しでいいから、前へ進まないものか。

 

イライラが募る。すでに3本の内回り、4本の外回りを見送った。その度に人々が吐き出され、ホームを埋め尽くしていく。この遥か先にある改札口は、どうなっているのか。本当に出られるのか。疑心暗鬼になっていく。

 

 あれから少しでも前へ進んだだろうか。ホームの上は既に飽和状態で、立錐の余地はない。次の列車が着いても、誰も降りられないだろう。

 しかしこれだけの混雑だというのに、誰も愚痴すら漏らさないというのは一体どういうことだ? そう思うと少し気味が悪くなってきた。まさかこの中でイラついているのは俺だけなのか?

 

 そろそろ我慢も限界に近づいてきた。そっと呟く。

「……明治神宮側の降車ホームを開放すればいいのに」

 その瞬間、今までになかった明確な悪意が四方八方から俺に向けられるのを感じた。悪意、敵意、舌打ち。何なんだ、これは。この集団は何なんだ。何かの意思が働いているのか。俺はこの得体の知れない集団に飲み込まれたままで、どうすればいいんだ。

 

 あれからどのくらい時間が経ったのだろう。日が傾き始めたのがわかる。

 俺はまだ、ここ、原宿のホームにいる。

 

 ここから出してくれ、お願いだ。

 

 

 

原宿

 

 

恋文

 婆ちゃんが、渋谷に連れていってくれ、と言っていたので望みを叶えてやろうと準備を始めた。母はやめておけ、と言っている。人混みが何かストレスになってよくないのでは、と思っているようだ。そんなことはないよ、婆ちゃんを信じなきゃ。行きたいって言ってるのに行けない方がストレスじゃないかな、と言って無理やりに丸め込んだ。

 でも確かに、あの人混みに婆ちゃんを連れ出すのは不安だ。妹にも声をかけて、一緒について来てもらうことにした。洋服1着で手を打ってもらった。

 

 渋谷に行きたいと言い出してから、婆ちゃんは少し楽しげに見える。どちらかというとウキウキとしているのかもしれない。自分の部屋の真ん中に座って、胸に両手を当てて少女のように微笑んでいたりするのだ。

 

 婆ちゃんは、もうだいぶ記憶が曖昧になっている。歳を追うごとに、頭の中がどんどんと若返っているんだと思う。

 

 山手線を降りてから、駅を出て道玄坂へ向かう。婆ちゃんは人混みに驚いていたが、なんとかスクランブル交差点を渡るまでは漕ぎ着けた。和装の老婦人とそれを支える若者2人、という人の良心に訴えかけるシチュエーションは、良い方向に出たようだ。

 道玄坂を百貨店の方へ向かったところに行きたいと言う。百貨店というのはきっと東急のことだろうな、109の右手の道を目指す。

 坂を登り始めてすぐ、この辺りに細い路地があるの、というのだが、今となってはビルが隙間もなく建っていて、人が通れるような路地は見当たらない。道なんて見当たらないよと婆ちゃんに伝えると、落胆したような顔をして、この辺りって聞いたんだけど間違いだったのかね、と力なく呟いた。そして懐から一通の便箋を取り出して、それを見つめた。

 

 何となくわかった。……婆ちゃんが来たかったのは、ここだ。でももうその目的地はない。恋文横丁。今はもう、ここにそう呼ばれた路地があったという看板が残るだけだ。

 婆ちゃんは、いやこの女性は、想う人への恋文を託しにここへ来たのだ。ひょっとしたらそれは数十年をかけた決心なのかもしれない。

 多分こういうことなんだろうと妹に耳打ちをして、少し悩んでからひとつ嘘をつくことにした。妹は、少し目を潤ませて同意をしてくれた。

 

「ああ、代書を頼まれる方ですね? ……ええ、そうなんです。最近別のところへ引っ越しまして、こうして私が代理でお預かりをしているんですよ。

 こちらのお手紙を清書するのですね?仕上がりまで数日いただきますが、よろしいでしょうか? なるべく早くは仕上げますが、そうですねぇ三日、三日後に。それではお預かりします」

 

 ほっとしたような表情の婆ちゃんを連れてフルーツパーラーに入り、休憩をする。婆ちゃんは終始恋する乙女のようにニコニコしていた。妹は、人目も憚らず涙をこぼしていた。

 あんな嘘をついた以上は、三日後までに婆ちゃんの手紙を清書しなければ。でもひょっとしたら婆ちゃんは明日になったら全てを忘れているかもしれない。

 それならそれでもいい。ただ、ついた嘘には最後まで責任を持たなければならない。それはこの「乙女」に対する礼儀だ。

 恋する「乙女」は、満足そうにパフェを頬張った。

 

 

渋谷

 

街の在り方なんてのを、恵比寿を通して考えてみた、のかもしれないです、か?

 恵比寿になんて滅多に来ることはないもんなぁ。一度何かの飲み会で、それもなんだかスカした店だったな、来たくらいで、あとは六本木に行くときに日比谷線に乗り換えるくらいなもんだ。それも大江戸線が出来てからは乗り換えですら立ち寄る事もなくなった。

 

 恵比寿って、何があるんですか?ガーデンプレイス? アトレ? 全然思いつかない。

 

 ガーデンプレイスったって入ってる店は別に恵比寿じゃなきゃいけないものでもないし、アトレなんてそれこそそこら中にあるじゃないか。「恵比寿らしいもの」を探してるんだよ、「恵比寿らしいもの」を! 

 なんかねぇ、外ヅラだけいい街ってイメージしかないんですよ。昔からの店なんかがみんな覆いをかけられたみたいにされて、表っ側にはキレイな商業施設とそのスキマに納まろうとする創作系の料理店と。

 だが偏見はいかんよ偏見は。行ってみれば何かしらあるかもしれないじゃないか。自分の目を信じろ、見る前に跳べ、知行合一陽明学。最後の方は何か違う。取り敢えずは現地踏査だ。

 

 で、会社帰りに恵比寿まで来てみた。地下鉄日比谷線の階段を上がって目に入るのは、アトレの三階まで貫く長いエスカレーター。とりあえずは乗せられてみる。

 いろいろお店が並んでいるんだが、なんかどれもどっかで見たことあるなぁ。君んところは亀戸の甘味屋さんだろ、あなたは日本橋の高級水菓子店だ、五桁の金額の果物とか正気ですか。うん、やはり望む感じのものではないか。

 下に降りて、車通りの多い道(都道?)を歩く。さすが駅前、店が多い。ってさ、◯◯家系ラーメンて、どこでもあるなぁ。まあそもそも恵比寿まで来て◯◯家系ってどうなんですかね。その昔、恵比寿ラーメンっていう名店があったけど今どうなんだろう? まだあるの? 今日はちょと探す元気もないけど。

 ちょっと裏の通りに入ってみる。仕事上がりのスーツ姿と小ざっぱりしたオネエ様方が、ワイングラス片手に談笑をする立ち飲み屋が点々と続く。

 バル、バル。バル、バル、バルバルバルバルゥゥゥゥゥ!

 お前らバオーか! ビースススティンガーフェメノンとかできるのか!

 

 なんだこの "どこにあってもいい街" は。

 

 などと勝手に落胆をしながらもう一本奥の路地へ。いきなり現れたのは、ちょっとお洒落なホテル。入り口には、「宿泊」と「休憩」の料金がデカデカと。それが二、三件続いている。

 

 これだ。こういうことだよ。

 

 その先には大衆的な寿司屋がある。その二階には、「ファッションヘルス」のド派手な看板が。

 

 そうだよ、そういうことだよ。

 

 外っ面の綺麗なところと、欲望や不浄を受け止める泥沼のようなところ。その二つが共存する、人が生きている街こそがいい街ではないか。あのシンガポールでさえ、あらゆる欲望を受け止める一画があるんだ。どっちかに偏ってしまうと、街は途端に魅力を失う。

 と思っているんだが。だってさ、みんなう◯こするだろ? そんなときに家の中にトイレが無いと不便だろ? トイレにゃトイレの役割ってもんがあるだろ?

 ここに来て、やっと恵比寿の「表情」を見た気がした。それはまるで恵比寿像の如く。表に繕われた「恵比寿」と、影へと追いやられた「蛭子」と。 よし、機嫌よく帰ることにしよう。

 

 

 

恵比寿

かむろ坂

 中古で買った軽自動車のワンボックスに彼女を乗せて、僕は山手通りを南に下っている。商用の軽自動車だからシートはガチガチで、装備も辛うじてラジオがあるくらい。エアコンがついているだけマシ、というものだ。仕方がない、これが一番安かったんだから。まあ、今日の陽気ならエアコンの活躍する場はないけれども。

 彼女はずっと、窓の外を眺めている。僕の方も、これといって話しかける事もない。ここ最近、こんな調子が続いてる。鈍感な僕だって、さすがに気付く。ああ、そろそろ終わるんだなって。

 だから、だからあえて今日、ドライブに誘ったんだ。お別れするなら、春の今のうちがいい。

「まだ着かないの?」

 彼女が苛だたしそうに口を開く。

大鳥神社を過ぎたから、もうすぐ着くよ」

 歩道には、目黒川の桜を見に来た人たちが結構な数出ている。でも、花筏にはまだ早い。

「ここまで来たから、桜を見に来たのかと思った」

 当てが外れた様に彼女は呟く。

 僕は曖昧な表情で、オンボロ軽自動車を走らせる。

「桜を見に来たんだよ」

 目黒駅を少し過ぎたあたりの丁字路、かむろ坂を右折する車線へ。前の車に付いて、右へと曲がる。

 道に入った途端に、僕らは桜のトンネルを目の当たりにする。ちょうど満開、ソメイヨシノは道路の両脇から枝を伸ばして、道路を覆う様にしている。その中をゆっくりと、僕は車を走らせる。

 そして桜のトンネルが一番賑やかなあたりで路肩に車を止めた。

「せっかくだから、ちょっと降りないか?」

 そうね、とだけ言って彼女は車から降り、頭上の桜を見上げる。僕らはガードレールに腰をかける様にして寄りかかり、しばしの間桜を見上げていた。

「たぶん、ここが一番綺麗に見えると思うんだ」

 彼女は何も言わないで、桜を見上げている。風は時折強く吹き、舞う花びらで僕らの目を眩ませる。

「目黒の駅まで送ろうか?」

「……ううん、歩く。乗っちゃいけない気がする」

 僕もそう思う。乗せちゃいけない。終わりの舞台は僕が選んだんだ。

「それじゃ」

「じゃあね」

 彼女が坂を下り、行き交う人の流れにその姿が飲まれるのを見送ってから、僕の軽自動車は坂を登っていった。

 

 

 

目黒

 

 

それ相応の……

「さて、君に対する処罰なのだが」

「……はい」

「君の行なったことは、私に対する明らかな背信であることは認めるね?」

「はい」

「とは言え、それほど悪質なものではない。……近所の電柱に、私を名指しで“お前の母ちゃんでーべそ!”というチラシを貼っただけだ」

「……は、はい」

「なにを肩を震わせて笑いをこらえているのかね。これは重大な機密情報の漏洩に当たるのだよ」

「え? (本当だったんだ……)」

「ともあれ、だ。君にはそれ相応の処罰を受けてもらう。……君は、高所恐怖症だったね? それもかなり重度の」

「はい……、まさか、バンジージャンプをやれというのですか? お願いです、それだけは許して下さい!」

「そんな真似はしないよ、安心したまえ。ひとつ、お使いを頼まれてもらいたいんだ。簡単な用事だよ」

「な、何でしょうか?」

「まずは、五反田行きの東急池上線に乗りたまえ。最後尾の車両だ。詳細は追ってメールする」

 

ーー五反田行きに乗ったかね?

ーーそのまま終点の五反田まで行くのだ。そこで私の部下が君を待っている。

ーー最後尾に乗っているね? 

 

五反田着。

電車から降りるとそこは、ビルで言うと地上4階相当の、吹き曝しのホーム、もちろん覆いなどなく、眼下に大パノラマが開けている。時折吹く風は冷たく、その風はホームをゆらりと揺らす、様な気がする。恐らくは目眩だ。

改札へ急ぐ人々など気にも留めず、その場にへたり込んだ。

部下などいやしない。このホームに降りること、それ自体が処罰だったのだ!

 

 

 

 

五反田

 

 

 

Chase the Ghost

 天王洲あたりから、そいつはピタリと着いてきた。自らのマシンの、四気筒の甲高い咆哮の奥に、僅かに、だが確かに単気筒の力強い鼓動が混じって聞こえてくる。

 バックミラーに目をやると何も見えない。が、上手く死角に入っているのだろう、時折ゆらゆらと影だけが見え隠れする。

 アクセルを開けて、一気に引き離したい衝動に駆られる。だがこういう時に限って、信号は寸前まで赤で、減速をして止まろうかと思う時に青に変わり、また走らざるを得なくなる。アクセルを開けるも叶わず、止まることもできず。その間、そいつは死角にピタリとつけたままだ。

 天王洲から山手通りを上って行くと、京浜急行の高架を過ぎて第一京浜の信号を渡ったあたりから、大小のコーナーが続くセクションが始まる。目黒川に沿って右に折れ、東海道線をくぐって左へ大きく曲がっていく。その辺りから信号は計ったように全て青になっていった。

 いつもなら小気味良くコーナーを駆け抜けていける、これほど気持ちの良いシチュエーションはないのだが、今は背後に迫っているであろうそいつの影が気になっていた。コーナーの連続するこの区間では、回転数で馬力を稼ぐ四気筒マルチと背中を蹴飛ばすような圧倒的なトルク感の単気筒とでは彼我の差はそれほど現れない。

 山手線の線路にぶつかり、そのまま右手に折れて線路沿いに大崎駅前へ。その先に、山手線を越える陸橋がある。そこが連続するコーナーの最後のセクションだ。

 陸橋を登りきったところで小さな左コーナーと右コーナーが連続し、さながらシケイン様になっている。そこを抜ければ、山手通りはストレスのない大通りへと姿を変える。陸橋を真っ先に越えれば、あとはアクセルを開けてそいつを置き去りにするだけだ。

 しかしその陸橋前の信号は寸前で赤に変わり、側道から出てくるワゴン車の通過を待つために停止を余儀なくされた。そして、そいつが轡を並べる気配を感じた。

 隣に停まったそいつは、上下ともレトロチックなセパレートのレザースーツに銀のジェットヘルメット、レトロ趣味のカフェレーサー風にまとめたバイクに跨っていた。その表情はスモークの濃いシールドでよく見えない。

 そいつは、アクセルを二つ煽ってからゆっくりとこちらを向き、シールドを上げた。

 

 そこにいたのは、俺だった。

 青ざめた顔で、

 光のない黒目を宿し、

 顔の左半分をどす黒い血で染めて、

 ニヤリ、と笑っていた。

 

ナントシテモ、ソイツヨリ、サキ二出ナイト

 

 信号が青になり、一気にアクセルを開ける。

 荷重が後ろに乗る。

 フロントタイヤから抜重する。

 左コーナーが迫る。

 オーバースピード。

 フロントが流れる。

 地面が眼前に迫ってくる。

 

 霞がかかる目で最後に見たものは、嘲笑う様に駆け抜けていくそいつの姿だった。

 

大崎駅陸橋近辺 : https://goo.gl/maps/obmARgEMZeS2

 

 

 

大崎