旅に出るならこの乗り物で

 飛行機と、夜行列車と、バスの旅が好きなのです。

 

 飛行機は、飛行機に乗るための手続きが好きなのです。正直言ってしちめんどくさい、しかしそのしちめんどくささが、これから遠くへ旅立つのだという思いを高めてくれるのです。

 飛行機が沖留めで、移動タラップで乗り降りするなどはもう、何か自分が選ばれた人間になったような誇らしさすら感じます。

 国際線などの

ビーフ or チキン?」

という呪文というか合言葉というか、あれもまた趣深いものです。

 

 夜行列車は、これから旅をするのだ、というときめきに満ちています。食堂車など連結していればなおよろしい。

 夜行列車については寝台料金による位付けもまた魅力の一つです。それは必ずしも、高い料金が最も楽しいとは、ーー捉え方の差ですがーー、限らない、というところが良いのです。

 ひとり個室寝台で旅行をするのもいいですが、開放式の二段ベッドで、或いは仲間と、また或いは偶然乗り合わせた見知らぬ人と語り合い、はたまた車窓の闇の中、時折流れていく街の灯や通過駅の青白い光を飽くまで眺めているのも、何物にも変え難い経験というものです。

 かたたん、かたたんという心地よい振動とともに夜通し走る列車、白々といつしか夜は明けて目的地が近づくそのさまの美しさ。夜行列車には浪漫がぎっしりと詰まっているのです。

 

 実際にはそんなことはないのですが、バスの旅、それも長距離バスの旅というのは、どこか後ろ暗い感じがするのです。

 思いつめた、後がない、夢破れた。乗り込む時にそんな心持ちになるのです。多分それは、サイモン&ガーファンクルの『America』という曲の、グレイハウンドに乗ってアメリカを探しに来たんだ、というカップル、でも決して幸せそうではない二人に引きずられているんですね。

 あ、いや。もちろん実際にはそんなことはないんですよ。バスの旅は楽しいし。

 

 まあここまで見返すと、みんな一人旅仕様の好みですね。やっぱり私には友達がいない。

 

 

山手線ホテル

障害対応が長引いて、結局終了したのは深夜2時過ぎ。金曜夜に発覚したのだけがまだ救いだ、タクシーで帰らなくて済むし、徹夜明けの翌日業務も無い。始発を待って帰ることにするか。

夜が明けつつある空を見上げ、大欠伸を一つ、伸びを一つ。今月はなんか忙しかったなぁ、これで一段落となってくれりゃあいいんだけど、いまのドタバタじゃあそうもいかないだろうなぁ。

山手線のホームには、およそ徹夜明けのご同輩がポツリポツリと並び、始発電車が入線してくるのを待っている。まあみんな他人のことなんざ気にしてない、自分のスマホに目を落としている。

電車がホームへ滑り込み、みんな我先にと乗り込んでいく。そして俺も。シートに座ると途端に目の前が暗くなる。気がつくと三つ先の駅。こりゃあダメだ。

まあいいや開き直ろう。一度やってみたかったんだよ。いい具合に端の席も確保できた。

 

何周するかわからんけれど、寝たいだけ、寝る!

 

 

 

山手線

 

 

 

東京駅

東京駅。

玄関口。

華やかで、

賑やかで。

それでも

猥雑ではなく。

 

ビジネスマンが

観光客が

東京へ出てきた人たちが

 

あるいは夢や希望を抱え

あるいは不退転の決意のもと

あるいはいつもと変わらぬ日常を送るため

 

ホームへ向かい

改札を目指していく。

 

日本の玄関

晴れの顔。

 

行き交う人々のその足元に

小さなマークがある、とある場所。

 

その場所は昔

首相暗殺の舞台となったところ

そんな場所が二箇所ほどある。

 

日本の玄関は

思いのほか血生臭い。

 

 

東京

 

コロッケそば

この駅は括りでいうと、新橋とか有楽町とかそのあたりの仲間だと思う(本当にそう思ってる?)。

ただ、有楽町ほどの健全な娯楽が隣接しているわけでなく、かと言って所謂イカガワシイお店の、でぃーぷなところのあるで無し(おー、そういう店が好みなのか)、そして新橋ほど古くからやっている飲み屋もそれほど見かけず。まあ言ってしまえば(言ってしまえ)、どこか中途半端で物足りないのだ(本当に言っちまったよこいつ)(なに様なんだろうねぇ)。

いや、古い店は多いのだ。何せ神田だ、いいところ江戸末期から明治大正昭和の初期の創業なんてのがたんまりある。だがな、そういう店っていうのはあれだ、閉まるのが早くてな。夜になってからいそいそ出かけてもダメなんだな(だったら昼間来ればいいじゃん)。

……誰だ、さっきっからポンポンポンポン野次飛ばしてくんのは。

(……分かってるんだろう? 俺は、お前だよ)

いやわかんねぇよ。なに上手いこと言ったなあ俺、みたいな空気出してんだよ。そういうこっちゃねぇだろ? 人が一生懸命になってなんとか話捻り出してる時に偉そうにチャチャ入れてくんじゃねーよ(お、おう。……でも一生懸命じゃなくて本来は一所懸命だから)。

うるせえよ。ちっと黙ってろ(はい、すみません……)。

で、なんだっけ? 今までので何言うかすっかり忘れちまったよ(神田。神田の事です)。

 

ああそうそう神田、な。

何にも無かった(あーあーあー言っちゃったよ)。

でもな、ちょっとだけいいことを言うぞ(何を)。

コロッケそばなんだよ、神田は(何言い出すんだこの人は)。

いやまあいいから聞け(神田まつやも藪蕎麦もあるって言うのにコロッケそばって)……聞けつってんだろうが(すみません)。

ほらさ(こらさ)どっこいさのさ、って何言わせてんだよ、そうじゃなくてな、コロッケそばって美味いだろ? でもそば好きからしたらジャンクで信じられないものが上に乗ってるわけじゃないか(まあそうだな)。だから神田もそんなもんで、ほらあ何言おうとしたか忘れちまっただろぉ?!

(神田は、ちょっとジャンクなお高く止まらない街ってことにしますか)お、上手いこと言うなぁ。そうそう言うことだようん。

(私はお前だからね。お前というコロッケが無いとコロッケそばにはならない、そういうことだ)。

 

 

神田

爺いの昔話と思って聞いてほしい

秋葉原通いを始めたのは、中学生の頃だったか。ちょうどその頃にマイコンブームっていうのがあってだな。NEC、シャープあたりが色々と製品を出し始めていたのだよ。

どうでもいいことだけどな、昔はマイコンって言ってたんだよ。PCー8001くらいまでかな。そのあとパソコンになって、今はPCか。ああ本当にどうでもよかったな。

駅を出ると目の前に、おう、まだまだあるな、ラジオ会館。4階5階くらいまではオーディオと各種磁気記録ものを安く売っていてな。ほら、カセットテープとかフロッピーディスクとかな。8インチのはなかなか売ってなくてな、ここまで来ないと見つけられなかったのだよ。

え? フロッピーディスクって何ですかって? そうか、知らないのも無理はないか。ん? ドクター中松の。まあそれでいいと思う、今更フロッピーディスクも使わないだろう。

もうそういうのは売っていない。今はフィギュアとかか。そうか。あんまりラジオと関係がなくなっているな。だから呼び名がラジカンになった。ああそれは昔からだ。

ここは、元のラオックスだったかな。石丸だったかな。そうそう、この細長いのだ、線路脇の。今は何が入っているんだか。えっちなグッズとかそんなのか。ふうん。よし、次に行こう。

ああ、ここは昔からゲーセンだったな。バーチャファイターの初代くらいまではよく来てた。カクカクしたキャラでな。ドット絵派だったからあまり遊ばなかったな。

この裏手に九十九電機と、ラオックスザコンがあってな。知ってるか? 昔は九十九電機もゲームソフトを出していたんだぞ。カセットテープでな、四人麻雀とか出していた。

当時のTVKテレビのミュートマJAPANって番組に売れ筋ゲームランキングを紹介するコーナーがあって、確かログインが集計してたかな、その番組な、マイケル富岡がやってたんだよ。若かったなー。

 

あれ?  あれはないのか? ホラなんだっけ、そうそうマヤ電機。PC98とかを安く買うならあそこだったんだ。そうか、もう無いんだな。で、ここがあれか。えーけーびーなんとかさんの。むかしここはT-ZONEって言ったんだよ。上の階にな、美術館があったんだよ。ダリの美術館。カネがあったんだなぁ、あの頃は。

 いやいや楽しかったよ、久しぶりの秋葉原は。まあまあずいぶんと変わってしまったけどな。いやでもそういうもんだろう、俺らの頃だって、ガチの電子工作組から見れば、あ、電子工作って自分で回路作ってパーツを半田付けしていくやつな、そりゃあ生温かったろうよ。いつだってそんなもんだよ、"あの頃は良かった"ってな。

 

何れ行く道、何時か来た道、てな。

 

今日は付き合ってくれてありがとうな。それじゃ、気を付けて帰れよ。

……行ったかな? さてさてさっきのえっちなお店へ行きますか。

 

 

 

秋葉原

 

似たような名前が多すぎる

「あ、もしもし? 今どこにいる? あ、俺? 御徒町黒門町側の出口。で、どこにいるのよ。え? どこだって? うん、地下鉄の。どの線の? ……わからない。御徒町って書いてある。うん。頭に何か付いてない? よくわからないか。えっとさ、どんな電車に乗って来た? 銀色のやつ。うん、最近の電車はだいたい銀色だね。それにさ、どんな色の線が引いてあった? 黄色っぽいの? 違う。灰色。それも違うか。……地下鉄だよね? そうそう。じゃあ、赤っぽい線か。それも違います。それじゃあ聞き方を変えよう。どこから電車に乗った? 秋葉原か。……秋葉原かぁ。そうかぁ。そこさ、新御徒町、って書いてない? 書いてあります。ああ、やっぱりそうか。そこさ、御徒町って書いてあるけど御徒町駅じゃないんだ。いいかい、御徒町仲御徒町上野御徒町、この辺りはだいたい繋がってるんだ、ついでに言うと上野広小路も。でもね、新御徒町は他と繋がってないんだ。これだけ離れてる。え? なんで新御徒町だって分かったかって? 秋葉原から地下鉄に乗ったって言ったでしょ。でも灰色の線じゃないって。多分それ、細かく言うと地下鉄じゃなくて、つくばエクスプレスだ。柏の葉とかつくばの方に行くやつ。詳しいんだねってまあ昔から鉄ちゃんだからねってそれはどうでもいいや。じゃ、そこで待ってて、今からすぐ行くから。いい、動いちゃダメだよ。これから大事な用があるんだからね。何の用って? それは内緒。大事な用だよ。教えてくれないなら移動する?いやいやそれは勘弁してくれ。わかったよ、教えるよ。

 

指輪を買いに行こう、婚約指輪」

 

 

 

御徒町

 

逃げる

「へえ。話には聞いていたけど、上野大仏ってこんなところにあるんだ」

「ああ、顔だけなんだけどな。ちょっと不思議なものだろう?」

「顔だけ、っていうのはなぁ。でもどこかしら神々しく感じるな」

「仏像なんだけどな」

「で、こんなところに呼び出して何の用だ?」

「……ちょっと歩こうか」

 

「故郷に帰ろうかと思うんだ」

奴は軽く切り出した。

「同期のお前にだけは先に言っておこうかと思ってさ」

こんな時にふさわしい情景は何だろうか。そぼ降る雨に霞む国立博物館? 動物園帰りの家族の、子供達のはしゃぐ声? 残念ながらどれも当てはまらなかった。

上野公園の、降り注ぐ初夏の日差しに映える新緑が眩しい。

「どうした? 何かいまの仕事に不満でもあるのか?」

真っ先に思いつくのがそれ、というあたりに俺の限界が見える。

「いや、仕事にそれほど不満はない。もうちょっと実入りがよければいいんだけどな。……なんだろうな、よくは分からない」

「気の迷い、ってやつか?」

「さすがにそんな理由じゃ帰れないよ。本当によく分からないんだ」

女にでも振られたか、とは思ったが、流石にそれは胸の奥に飲み込んだ。

俺たちは黙って広小路の公園へ向けて歩いた。

 

「ちょっと飲んでいくか?」

ここは上野だ、飲み屋には事欠かない。どうせならゆっくり話したい、なんなら酔わせて肚の底を探ってみたい。

「いや、よしておくよ。……本当はさ、分かってるんだ。理由はあるんだよ。

東京で暮らすのに慣れて東京に出て来るときの夢もいつの間にか忘れて、気がつけばやり直しの効く歳も過ぎた。ぼんやりと行く先が見えてきてさ。怖くなったんだよ。

何にも残っていない、そんな気がして。いや本当に『何にも無い』んだよ、このまままっすぐ行って、その先に何にも無いんだ」

奴は、淡々と話した。淡々とした割には重い内容に、ただ黙るより他なかった。

「だから、逃げるんだ。逃げた先にも何にも無いんだけどな。怖いんだよ、ここに居続けるのが怖くて仕方ないんだ」

そう言えば奴が昼休みに時折、ずっと空を見上げているのを見かけた事がある。あれは何かに耐えていたのか。

ふと奴を見ると、いつもと何も変わらぬ調子で奴は話している、ように見えた。奴の頰をとめどなく流れる涙以外は。

「そうだな」

それ以外に掛ける言葉なんて、何も思いつかなかった。

 

「どうする、御徒町まで歩くか?」

「いや、上野まで戻るよ。ありがとう、話を聞いてくれて。少しだけど気が楽になった」

「帰る前に一度、いい飯でも食べに行こうや」

「構わないけど、今さ、何を食べても味がしないんだわ」

奴は静かに笑って、去って行った。

 

 

上野