Silent Sun

 不思議な空だ。覗き込むと太陽は確かに輝いている。が、肉眼で直視できるっていうのはどういうことだ。まるで濃いフィルタの上から更にPLフィルタを重ねたような。ただただ明るい円が空にある。プロミネンスですら見えるんでないか、という気がする。

 そして空そのものは、とても重い色をしている。藍より更に暗く、だが闇にはなり切れない。夜が明ける気配の、ほんの僅かに色を取り戻した空、それで分かってもらえるだろうか。

 そんな空を、この四畳半の、文字通りの四畳半の窓から見上げている。

 

 目が覚めたら、この部屋にいた。

 

 それ以前の記憶、陰鬱な曇天、小さなグラス、女性。断片となったシーンが層をなして押し寄せてくる。

 が、それも僅かの間だった。全ての記憶は境を失い、混じり合い、朧なものとなっていた。つまりは何も覚えていないのと変わりはしない。……記憶、だったのか?

 時間の感覚が全く無い。腹も減らない、眠くもない。喉だけは乾くが、タイル張りの流し台にある蛇口を捻れば水は出る。だから、今あるものは膨大な、喰い切れないほどの“時間”だ。

 空を眺めるくらいしか、することがない。だがきっと、それを望んでいた、そう思える。

 

 時折、空を何かが飛び交う。静かに、静かに。人力飛行機。風に乗るグライダー。そして紙飛行機。静かに、静かに。

 太陽はやはり円く、深い藍色の空に、静かに輝いている。

 

 四畳半の部屋で大の字になる。天井の板目が、ぼんやりと人の顔になっていく。知っているぞ、シミュラクラ、というやつだ。こっちはいかつい顔、あれは神経質でいつも胃が悪そうな顔だ。

 そしてこれは、さっき形を失った、あの女性だろうか。……でも、知っている。この女性を知っている。誰だっただろう。

 まあ、いい。ゆっくりと思い出せばいいさ。時間だけはたくさんあるんだ、それこそ無限に。無限に? なんでそんな気がしているんだろう。

 

「……できる限りの手は尽くしたのですが。残念です」

 痩せぎすの医者が気の毒そうに、だがどこか冷徹に告げる。

 「睡眠薬の過剰摂取で事件性はないとは思いますが、ご遺体は司法解剖に。ご了承ください」

 いかつい顔をした刑事と思しき男が告げる。

 恋人は、只々ベッドに横たわる「彼氏だったもの」の顔を見つめる。

 

 初夏の眩しい陽光が窓ガラスを照らす。

 太陽は燦々と、そして静かに空にあった。