Japanese Blues

まんま演歌だよな、と思う。繁華街から外れた小さな居酒屋で、今こうしてコップ酒を呷っている自分自身を思うと、可笑しくなってくる。ついさっきまで一緒にいた女、こう呼んでも今日は許してくれるよな、は、さっき逃げるように帰っていった。泣いていたの…

残酷な実学

熱帯雨林を思わせる森の中。道に迷った男が老杉にもたれかかり座っていた。 男の目の前には、一本の胡瓜。疲労困憊、空腹ではあるが、男は悩んでいた。 先刻、何かが男に囁いた。 ”わたしは、さいきん、ゴウ、という、ことば、を、おぼえた” ”ごう、ッテ、ド…

朝起きたら忘れているような

朝食の茶粥を啜りながら、僕は恐る恐る尋ねる。「あの天井に張り付いてるのは何だい」「レッサーパンダですよ。ほら、おなかの所が黒いでしょう」 と、連れが答える。あれ? 顔がぼんやりとして思い出せない。ま、いいか。「ああ、レッサーパンダだよな。で…

昼休み ~休憩~

「子供の頃さ、保育園でも幼稚園でもなんでもいいんだけど」「うん」「おやつが出たでしょ」「ああ、出たね」「あれで好きだったおやつってある?」「好きなおやつか。なんだろうなぁ」「俺はさ、肝油ドロップが好きだったな」「……やっぱりただものじゃない…

マッチを一本、擦る。ぼうっ、と橙色の火が燈る。しばらく眺めて、灰皿に落とす。そしてまた一本、火を燈して、灰皿に落とす。そんなことを、ずうっと続けている。灰皿には、マッチの燃え滓が山のように積まれている。 橙色の灯。ほんの少し、ほんの少しだけ…

焼肉賛歌

焼肉が食べたい。と言うか、モツが食べたいのだ。牛のモツ焼きを食べに行きたいのだ。 タンは塩。あまり厚く切ってはいけない。薄く、芸術的に薄く。それでも残る上質な歯ごたえを恋人との逢瀬のように味わうのだ。逢瀬は檸檬のように酸っぱいものだ。 ハラ…

Hope I, II

Hope I 小さな幸せでいいんだ 僕が、明日も生きていこう、と思えるくらいの 小さな小さな幸せでいいんだ 希望、と呼んでもいい 例えば ホテルに泊まったとき 枕元に置いてある一片のチョコレート そんな小さな幸せ 例えば 昔から傍に居てくれた 幼なじみの女…

No Reason Why

土間の真ん中には、アラジンの石油ストーブが一つ、上にはアルマイトの大ぶりなヤカンが乗ってい、しゅんしゅんと湯気を上げている。 ストーブの上面が出るように真ん中に穴をあけたテーブルがあり、そしてその上にせんべいなどが入った菓子盆と、人数分の湯…

人工無能

Lucy(プロトタイプ)"There is a paper bag." Lucy(第0.5世代)"There is something in this paper bag." Lucy(第0.5世代_日本語パッチ対応)「何かある この紙 中 かばん」 ルーシー(第1世代)「紙のバッグ 中 何か ある」 ルーシー(第2世代)「紙袋に…

裏山の決斗

”小林へ。裏山へ来い。決着をつける” とだけ書かれた手紙を俊平から渡された。僕は内心、めんどくせぇなぁ、と思ってはいるのだが、ここらで決着をつけるのも悪くない、と思い始めていた。 俊平が僕のことをライバル視しているのは知っているんだ。なんでそ…

ベット

「ルールはシンプルです。あなたの45メートル先にある、あの林檎にこのボールを当てれば、それであなたの勝ちです。オッズは1倍。よろしいですね」 ディーラーが告げる。「それでは、ベットしてください」 俺は脇にあったバッグを引き寄せ、口を開けてデ…

切り絵を売る男

四十年ほど前の話。と聞いている。 北へ向かう夜汽車のボックス席。男が二人、向かい合わせで座っていた。片や二十代半ばだろうか。少し派手目の背広だが、ネクタイはしていずに、シャツのボタンは2つほどはだけている。もう片方は歳が掴みづらい。四十半ば…

ゴチソウサマ

日曜日。ちょっと遅めに目を覚まして、キッチンに立つ。彼のワイシャツをちょっと借りた。で、腕まくり。こういうの、一回やってみたかったの。起きてくる前に準備しないとね。 まずは、グレープフルーツ、レモン、オレンジを一個づつ。半分に切って、みんな…

参道にて

とある神社の参道。正月で賑わっている。甘酒や汁粉が振舞われている。 参道の端、人通りの比較的少ないところに娘が立っている。 娘、見るからに人待ちの風体。娘、しきりに時計を気にする。 娘に近づく男女の二人連れ。薄い笑顔の男と、美人だが人好きのし…

円環(3)

後日。 レポートを作成して、一旦クライアントに手渡した。……もうこういった類の仕事は受けたくない、もう嫌だ。なんてことはない興信調査の類が分相応だ。 そんなことを思いながら新聞に目を通していたところ。事務所をノックするものがあった。立っていた…

円環(2)

スキンヘッドたちは、そのまま私の人生に終止符を打たせよう、などと早まった考えをすることはなく、裏通りに面した雑居ビルの一室に私を連行したようだった。もちろん目隠し付きだ、実際にどこなのかは全く分からない。移動した時間もあてにはならない。間…

円環(1)

「君に頼みたいことがある。ある人物を探し出して欲しいのだ」 男は飛び込んで来るなり、こちらの都合など全く知ったことではない、と言わんばかりに一気に要件をまくし立てた。そして更に続けた。「顔写真すら無いし名前も分からん。ただ、スネークチャーマ…

出し損ねたラブレター

きみのその笑顔が好きなんだ。 きみのとっても丸い顔(怒らないでね)が、もっともっと丸く見えるような、その笑顔が僕は大好きなんだ。きっと時々難しい顔や怒った顔をしていたこともあったんだろうけど、ぼくは笑顔しか思い出せない。それはとっても大切で…

Mさん

”ホチキスは、No.10の針が2セット、100発入りが一番使いやすい。紙を留める時にかけるトルクが絶妙だと思う。50発では短すぎて余計な力が必要になる。かといって100発以上になってくると、本体がたわんでしまう気がする。結果、力が入らない。さらに、留め跡…

週末

夜もこんな時間。オフィスで机に向かい、黙々と作業を続ける。いま任されているのは、売上額を3ランクに分けて、ランクごとにその営業所名を蛍光ペンでマーキングしていくこと。やたら縮小された表がA4で7枚(もっと大きく印刷しやがれ)。 こんな単調な…

探し物

とある日、路上にて。 あの、すいません。それ、Ninjaですよね、カワサキの。ちょっと私とレースをしませんか? ゴールですか? とりあえず、静岡までで。いや、どこでもいいんですよ。どこか遠いところなら。それじゃ、ここから甲州街道を通って下道で小淵…

Assassin

我は、暗殺者大麻の甘き香りを身に纏い心の闇を駆け抜ける 甘き詩歌の鞘を投げ捨て我が言葉こそが刃也動詞は破滅を呼び形容詞は混乱を司るそして心を貫き、抉る 我が言葉は両刃の短剣その切っ先は何物であれ防げずたとえ神の御心であろうとたとえ天使の加護…

会議は踊る

「女子高を統一するのだ」議長が舌っ足らずな第一声を上げた。「私の思う古き良き女子高生を、おとなしく、おしとやかで、上品な女子高生を、取り戻す!」 ここからしばらく議長の独壇場なのでそのつもりでお付き合いください。 「古き良き女子高生を取り戻…

ヒーロー

「僕は、大きくなったら正義のヒーローになりたい」国語の時間、将来の夢を書くようにと言われたので、素直に書いてみた。ウルトラマンのような、仮面ライダーのような。結局笑われたけれど。あれはテレビの中のお話でしょ、子どもみたい。ただ一人、クラス…

飾り窓

「もうここで長いこと働いているのか」「そうね、あなたが思うより長いと思うわ。私、若く見られるから」「ふうん」「本当はこんな仕事、とっととやめたいけど」「鉢植えなんか飾ったりして、それじゃなかなか出ていけないだろう」「商売道具が殺風景なのは…

還る

「これから君に、とても重要なことを伝える」「はあ、重要なこと、ですか」「いくつかあるので心して聞いておいて欲しい」「どういったことなんです?」 「まず一つ目。私は地球の人間ではない」「それ、いまさらですか? 目が一つで足が三本なんてのは地球…

Tさんのこと

ホーチミン市の10区の路地裏に旨い鳥料理の店があるので行ってみないかと、Tさんから誘いを受けた。外国人向けの安宿が集まるデタム通りの、いつもの定宿で夕方に待ち合わせをしようとのこと。まだちょっと時間があるので、定宿の向かいにあるカフェ、と言…

詩人の罪

もう長いこと、私は地に横たわり、空を見上げている。私の四肢はすでに朽ち始めていて、身動きすらとることができない。見上げる先には、太陽がこれでもかとサディスティックな笑みを浮かべて恐るべき熱量を供給し続けている。眩しい、暑い、乾く。しかしも…

Pure Jam

ある晴れた日の早朝。糀谷高等学校科学部にて。「諸君。私は先日の朝食で大変に素敵なものと出会った。それは私が今までに見たこともない鮮烈な赤、嗅いだこともない香しき芳香、味わったことのない酸味を含んだ甘美さをもってトーストの脇に添えられていた…

金色の風が吹き抜ける

はい、アイドルの話をすればいいんですね。人間ではないんですが、構いませんか? あ、いや妖怪とかそういうのではなくて、馬なんです。競走馬。 もう20年以上昔です。岩手の地方競馬から中央に転厩してきたユキノビジンっていう牝馬がいたんですよ。成績で…

恋心その3

その子とは趣味が一緒だった。2人ともアニメが好きで、漫画が好きで、文章を書くのが好きで、話がよく合った。その子は2つ隣のクラスだったけど、休み時間や放課後には同じ趣味の友達数人と廊下で話をしていた。 僕もその子も、よく話をした。僕がとてもつま…

恋心その2

※あまりにもあまりな内容だったので欠番にします。

恋心その1

彼女はそのハイヒールを履いた足で、僕の腹を思い切り蹴り上げる。 痛みで体をくの字にした僕の後頭部を目がけて、両手を固く組んで振り下ろす。 水溜りに顔から落ちた僕の横面を踏みにじる。 そして僕の髪を掴んで彼女の方を向かせて、こう言うんだ。 「大…

きみのふるさと

彼は車の運転に夢中で、私の話すことなんてまるで聞いてない。気のない返事ばかりで、ちっとも面白くない。高速の出口からずっと走っていくと海へ出る道。風景なんて、畑ばっかり。「……あそこの藁みたいのが積んであるところ、あれは落花生畑」「あの大きな…

男の影

いらっしゃいいらっしゃい。どうぞお入りください。 これは? ああ、手土産。これは気を遣ってもらって申し訳ない。なに駅前の。あの商店街の入り口の洋菓子屋さん。そこのショートケーキですか。これは結構なものをありがとうございます。今お茶を入れます…